說唐第四十二回 雷に打たれ李元覇は世を去り、鹿を射たことで秦王は難に陥る (遭雷擊元霸歸天 因射鹿秦王落難)
李元霸の落雷死
程咬金は真珠烈火旗と引き換えに蕭后を得て李密のもとへ戻った。李元霸は潼関で柴紹と合流し帰路につくが、突然の雷雨に見舞われ、雷鳴に怒って鎚を天に向けて投げつけたところ、その鎚が自らの顔に落ちて落馬、そのまま息絶えた。柴紹は遺体と伝国玉璽・降表を長安に持ち帰り、高祖は悲嘆に暮れて盛大に弔った。
王世充の復讐と秦王の危難
元霸の死を知った王世充は、かつて紫金山で受けた恥辱の報復として洛陽から兵を挙げ牢口関に迫った。秦王世民が出陣して王世充軍を破り洛陽まで追い詰めるが、夜、白鹿を追ううちに従者を見失い、金墉城付近まで迷い込んでしまう。巡回中の程咬金・秦叔宝に見つかり、咬金は元霸の一件の恨みから斬りかかるが、叔宝が押しとどめ、秦王を老君堂に隠れていたところを捕らえて金墉へ連行した。
李密は元霸の非道を秦王に重ねて激怒し斬罪を命じるが、徐茂公が「秦王にはかつて追撃の際に見逃してもらった恩がある」ととりなし、天牢に一年間の期限付きで幽閉することになった。
李靖の暗躍と赦書
長安では馬三保の報告に高祖が嘆くが、李靖が現れ百日以内の救出を約す。李靖は曹州の孟海公に「大王こそ帝星」と説いて挙兵させ、金堤関を攻めさせる。李密はこれを救援するため出兵し、羅成らの活躍で孟海公軍を撃退。勝利に喜んだ李密は大赦の詔を発するが、「南牢の李世民だけは赦さず」との一文を自ら書き添えた。徐茂公と魏徴はこれを見て、世民こそ真の天子であり救い出すべきだと密談する。