戰國策韓策(一)(韓一)

段規、成臯を取るよう進言

  • 三晋が知伯を破り領地を分ける際、段規は韓王に「石だらけの成臯でも、その地の利を得れば後に鄭を取る足がかりになる」と説き、実際に韓は成臯を足がかりに鄭を得た。

成午の互恵策

  • 成午は申不害に「あなたが趙で私を重んじれば、私も韓であなたを重んじる」と持ちかけ、互いの立場を利用し合った。

申不害の巧みな進言

  • 申不害は韓王の意向を直接尋ねず、まず腹心二人にそれぞれ意見を述べさせ、王の反応を見てから自らの言葉で進言し、王を大いに喜ばせた。

申不害、私情を退けられる

  • 申不害が従兄の任官を願い出たが昭侯は許さなかった。申不害が不満を見せると、昭侯は「あなたの教え(功績と序列に従うべき)を破ることになる」と答え、申不害は自らの非を認めて謝罪した。

蘇秦、韓王に合従を説く(鶏口牛後)

  • 蘇秦は韓王に、韓の精強な武器(谿子・少府・棠谿・墨陽・合伯・鄧師・宛馮・龍淵・太阿など)と強兵を説き、秦に事えて「東藩」を称することの屈辱を、「鶏口となるも牛後となるなかれ」の格言で戒めた。韓王は憤然としてこれに従い、合従に加わった。

張儀、韓王に連横を説く

  • 張儀は韓王に、韓の国土が狭く食糧・兵力に限りがあることを説き、秦の圧倒的な軍事力(甲兵百余万)との差を強調して、事秦こそ安泰の道だと説いた。韓王はこれに従い秦に服属することとした。
  • 韓宣王が公仲・公叔の両者を並び用いようとした際、樛留は「晋が六卿を用いて分裂し、斉が二人の重臣を用いて簡公が弑された」例を引き、権力の分散が国を危うくすると諫めた。

張儀と韓朋をめぐる駆け引き

  • 張儀は斉王に、韓朋を通じて張儀自身を魏から追放させる工作をしかけ、結果的に魏で犀首が相となり公叔が退けられる展開を作った。

昭獻の保身策

  • 楚人・昭獻が韓の相となった後、秦の攻撃を受け韓が昭獻を退けようとした際、昭獻は公叔に「私を重んじれば楚韓の結束を秦に印象づけられる」と説き、地位を保った。

陳軫、秦の過剰な要求を諫める

  • 秦が韓の陘を攻め、韓が南陽の地を割いた後もさらに攻撃を続けた際、陳軫は秦王に「土地を得ても信頼を得られなければ、山東諸国は二度と秦に領地を譲らなくなる」と諫めた。

市丘の存続策

  • 五国が秦を攻め疲弊した後、市丘が標的にされる恐れがあった際、魏順は楚王に「市丘への攻撃を控えさせれば、諸侯が楚を重んじるか否かが明らかになる」と説き、楚王はこれに従い市丘を守らせた。

鄭彊の離間策

  • 鄭彊は泠向の助言により、韓の重臣・公叔と楚の関係を怪しく見せかけ、秦王に公叔への疑念を抱かせる策を用いた。

張儀の追放工作

  • 鄭彊は秦の宰相に「張儀の使者が上庸の地を持ち去った」と偽って告げ、秦王を怒らせて張儀を失脚に追い込んだ。

宜陽の役をめぐる駆け引き

  • 楊逹は公孫顕に「西周を攻めて九鼎を得れば甘茂の功績を上回れる」と説いた。游騰は公仲に、藺・離石・祈の地を人質代わりに趙へ差し出すなど、複数国を巻き込む離間策を重ねて秦の攻勢を防ぐ策を献じた。

濁澤の戦いと陳軫の計略

  • 秦韓が濁澤で戦い韓が窮した際、公仲明は韓王に「秦と結んで楚を攻めるべき」と進言したが、楚の陳軫はこれを見抜き、楚王に「偽りの援軍を約束すれば韓は秦との和を破棄するだろう、それにより秦韓の関係を損ないつつ楚は実際の兵は損なわずに済む」と献策した。楚の見せかけの援軍表明を信じた韓王は公仲の反対(「秦は実、楚は虚名に過ぎない」)を押し切って秦との和を断ち、結局秦に岸門で大敗した。

顔率の機知

  • 公仲に会ってもらえなかった顔率は、謁者に「公仲は色好み、吝嗇、不義だと噂されている」と述べさせ、公仲は慌てて顔率を引見した。

向壽への進言

  • 公仲は向壽に、秦楚が結べば韓が滅ぼされると警告した。向壽の側近は「公孫郝は韓寄り、甘茂は魏寄りと見られて信用を失った、あなたが楚に肩入れすれば同じ轍を踏む」と諫め、韓を助けつつ楚に備える中立策を説いた。

韓の中立を勧める策

  • ある論者は公仲に、秦との関係で「中立」を保つことの重要性を説き、秦王に「斉魏の離合は韓の動向次第で秦の利害が変わる」と説かせ、韓を中立に導いて斉を牽制する策を進言した。

景鯉の秦魏会盟をめぐる弁明

  • 楚の景鯉が秦魏の会盟に同席したことで楚王が疑念を抱いた際、ある論者は「これはむしろ斉に楚の信用を示す好機であり、罪すべきでない」と弁じ、景鯉は罪を免れた。

春申君の警戒

  • ある論者は魏王に国境の守りを固めさせ、その動きを知った春申君は使者を通じて警戒し、秦もこれを聞いて事を収めた。

鞅、春申君に形勢を説く

  • 鞅は春申君に、楚が長年攻められずにいた背景には魏という盾があったが、魏が衰えた今、秦楚の直接対決の時が近いと警告した。

公仲の信用問題

  • 公仲が諸侯の信を失い孤立した際、蘇代は楚王に「公仲を受け入れつつ、その裏切りにも備えるべき」と説いた。