戰國策楚策(四)(楚四)

合従連衡と禍福の理

  • ある論者は楚王に、合従家が天下を纏めようとする動きに耳を傾けるべきだと説き、屈することが信を得る道となり得ること、禍福・生死が表裏一体であることを論じ、秦がすでに徳を失って久しいのに天下がそれに気づいていないと批判した。

鄭褏の巧妙な嫉妬

  • 魏王が贈った美人を楚王が寵愛すると、王后・鄭褏はあえて新人を厚遇して「嫉妬しない」印象を与えた。しかし密かに新人へ「王はあなたの鼻を嫌っている」と吹き込み、新人が王の前で鼻を覆う仕草をするよう仕向けた。王がこれを怪しむと、鄭褏は「あなたの体臭を嫌っているようです」と答え、怒った王は新人の鼻を削がせてしまった。

昭魚、王后擁立を進言

  • 楚の王后が没し後任が決まらぬ中、昭魚は美しい耳飾りを複数献上して王の気に入る品を探り、王の好みを見極めて王后擁立を進言した。

莊辛の諫言と鄢郢陥落

  • 荘辛は楚襄王に、州侯・夏侯ら四人の寵臣に耽溺し国政を顧みない様を諫めたが、王は取り合わず、荘辛は趙へ避難した。果たして秦が鄢郢・巫・上蔡・陳の地を陥落させ、王は城陽に逃れた。
  • 呼び戻された荘辛は「兎を見て犬を顧みるのも遅くはない」と述べ、蜻蛉・黄雀・黄鵠・蔡霊侯がそれぞれ目先の安逸に浸り、より大きな脅威(人間・弾丸・弓・軍勢)に気づかず滅んだ譬えを重ね、王自身も同様の危機にあると説いた。王はこれを聞いて震え上がり、荘辛を陽陵君に封じ淮北の地を与えた。

齊明と富摯の一件

  • 齊明は卓滑に秦討伐を説いたが容れられず、他の楚の大夫は皆従った。
  • 別の場面では、黄齊が富摯と不仲であることが問題視され、老莱子が孔子に説いた「歯は堅くとも早く欠け、柔らかい舌は長く残る」譬えを引いて、権勢者に逆らわず調和すべきだと諭された。

長沙の難

  • 楚太子横が斉に人質となっていた際、王の死を受け薛公は太子を帰国させたが、韓魏の兵が東国を攻めた。昭蓋は太子に、屈署を遣り東国を斉との和の材料として秦を動揺させる策を献じ、秦は楚を助ける形で介入した。

不死の薬の逸話

  • 荊王に不死の薬が献上された際、中射の士がこれを勝手に食べたため王は怒ったが、士は「取次の許可を得て食べたのだから罪はない」「不死の薬を食べた私を殺せば、それは死の薬だったと証明することになる」と弁じ、赦された。

客、春申君に賢者の遇し方を説く

  • ある客は春申君に、湯・武王も百里の小国から天下を得た故事を引き、賢者・孫子(荀子)を軽んじれば損だと説いた。春申君はこれに従い孫子を招こうとしたが、朱英は「病人が王を憐れむ」という不敬な諺を引き、幼く未熟な君主に仕える危険(弑逆の歴史的先例)を暗示する賦を作って警鐘を鳴らした。

魏加の将軍評

  • 趙の使者・魏加は春申君に、将軍任命について「弓の音だけで怯えて落ちる傷ついた雁」の譬え(更羸が音のみで雁を射落とした故事)を引き、かつて秦に敗れた経験を持つ臨武君を、抗秦の将には起用すべきでないと諫めた。

汗明の懇願

  • 汗明は三ヶ月かけて春申君に謁見し、堯舜の故事や、鹽車を牽く老いた駿馬が伯楽に見出されて嘶いた故事を引き、自らを見出してほしいと訴えた。

春申君と李園、そして無妄の禍

  • 楚考烈王に世継ぎがなく、春申君はまず自らの子を身ごもらせた李園の妹を王に差し出し、生まれた男子が太子となった。李園は事の露見を恐れ、密かに死士を養い始めた。
  • 朱英は春申君に、「無妄の福(少主を補佐しやがて位を得る好機)」と「無妄の禍(李園が先手を打って君を除く危険)」を説き、先んじて李園の腹心を除くよう勧めたが、春申君は李園を軟弱者と侮り取り合わなかった。朱英は身の危険を感じて出奔し、後に王が没すると李園が先んじて春申君を暗殺し、一族も滅ぼされた。

虞卿の進言

  • 虞卿は春申君に、商鞅や魏冉が功臣・外戚でありながら封地が本国に近すぎたために誅殺・奪封された例、太公望・召公奭が遠方に封じられたために安泰だった例を引き、燕を討って北方に自らの封地を確保すべきだと説いた。