西太后演義第四回 後宮に仕え、帝の恩寵を賜る (列宮眷供直坤闈 近天顏仰承帝澤)

御前での選抜

  • 蘭兒が御前に進み、跪いて名乗ると、上座の老年の旗婦(康慈皇太妃)が「この娘は福相がある」と評し、咸豐帝もこれに同意して名簿に印をつける。蘭兒は中選し、宦官に連れられて退出する。
  • 報名した秀女六十人のうち中選したのは二十八人。上座の皇太妃は康慈皇太妃(博爾濟吉特氏)で、幼くして生母を失った咸豐帝を養育した人物であり、宮中の実質的な最長老であった。

坤寧宮での勤めと望郷の思い

  • 中選した蘭兒は坤寧宮(皇后の宮)に配属され、勤勉に職務を務め、他の秀女たちとも円満に付き合う。しかし家族と離れた寂しさと、御前で見初められたはずなのに一向にお召しがないことへの焦りを抱く。

圓明園の「四春」と冷遇の理由

  • 実は咸豐帝は選妃時、纏足の漢人女性を好み、神武門の祖訓(纏足女子の宮中立入禁止)を避けて圓明園に密かに漢人美女を集めていた。牡丹春・海棠春・杏花春・武陵春と名付けられた「四春」に寵愛が集中し、蘭兒には御声がかからずにいた。

立后の儀と鈕祜祿氏との縁

  • 鈕祜祿氏が正式に皇后に立てられる大典が行われ、蘭兒も末席で拝賀し、褒賞にあずかって身なりを整えられるようになる。
  • 皇后は誠実で媚びを好まぬ性格で、蘭兒の取り入りはなかなか実を結ばない。しかし選女の一人で皇后の妹にあたる鈕祜祿氏と親しくなり、彼女を通じて皇后の覚えもやや良くなっていく。

咸豐帝との邂逅と初めての寵愛

  • ある日、皇后が壽康宮へ挨拶に出た隙に咸豐帝が坤寧宮を訪れ、蘭兒が単独で応対する。咸豐帝は蘭兒の美貌と受け答えに強く惹かれ、身の上を尋ねる。蘭兒が惠徵の娘であることや南方育ちであることを語ると、咸豐帝はいっそう興味を示し、手を取るなど親密な様子を見せるが、皇后が戻ってきたため咸豐帝は身を引く。
  • その夜、咸豐帝から急な召し出しがあり、蘭兒は作法通り衣を脱いで氅衣一枚をまとい、宦官に背負われて御寝所へ運ばれ、初めて夜伽を務める。
  • 翌朝、蘭兒は「貴人」に、皇后の妹の鈕祜祿氏は「嬪」に封じられる。

評語

本回は表向き那拉氏を語りつつ、その真意は咸豐帝の心のありようを問うものである。皇后鈕祜祿氏は徳性貞静な賢内助でありながら、咸豐帝が四春に溺れ那拉氏をも寵愛したことに禍の芽があると評者は説く。那拉氏個人の咎というより、色に溺れた咸豐帝自身の姿勢にこそ警戒すべき点があるとする。