西漢演義第四十一回 韓信は法を執行し殷蓋を斬る (韓信執法斬殷蓋)
猛訓練と軍容一新
- 酈生が編纂した教練書を用い、二十余日の猛訓練を経て軍容は一変する。韓信は違令者を軍法で処断し、軍中に緊張感を行き渡らせる。漢王が親しく閲兵し、見違えるほど整った軍勢に満足する。
軍令の布告
- 韓信は将士に対し、項羽の悪逆(義帝弑逆等)を糾弾し東征の大義を説く布告文を発する。あわせて軍政条約十七箇条(進退の号令違反、点呼不応、夜番の怠慢、暴言、軍紀違反、武具の不備、妖言、讒言、婦女への乱暴、盗み、諜報漏洩、士気を乱す言動、詐病、公金私用、偵察の誤報等)を掲げ、いずれも斬罪と定める。
殷蓋の処刑
- 監軍の殷蓋が親戚訪問を理由に定刻を大幅に遅れて出頭し、悪びれもせず弁明する。韓信は軍令通り斬罪を命じる。
- 樊噲は助けられずうろたえるのみ。漢王は蕭何に不快を示すが、蕭何は「王法に私情を挟めば軍紀が保てない」と諭す。漢王は酈生に免罪の書を持たせ急派するが、酈生も馬で軍門に馳せ込んだこと自体が軍令違反となり、韓信は王命による酈生本人の罪は免じつつ、供の者と殷蓋を共に斬り、首を轅門に懸ける。
漢王、韓信の統率力を認める
- 報告を受けた漢王は激怒するが、蕭何は「将は軍にあって君命に従わぬこともある」「権貴を斬ることで全軍を主将に服させるのが兵法の理」と説き、酈生も韓信の軍威に感服したと述べる。漢王は考えを改め、韓信を労う勅書を送ることにしたところで終わる。