西漢演義第十回 芒碭山で劉季は蛇を斬る (芒碭山劉季斬蛇)
二世皇帝の暴政と各地の蜂起
- 胡亥は二世皇帝として即位し、始皇帝を驪山に葬る。李斯・趙高が実権を握り苛政を敷き、蒙恬は謀反の嫌疑を恐れられて自殺、蒙氏一族も流罪となった。
- 圧政に耐えかねた各地で陳勝・呉広、武臣、劉邦、項梁らが相次いで挙兵し、天下は大乱となる。二世は酒色に溺れ政務を顧みなかった。
劉邦の出自と結婚
- 沛県の劉邦(字は季)は龍にまつわる出生譚を持つ人物で、任侠を好み官に就くも酒好き女好きであった。呂公はその人相を見込んで娘の呂雉(呂顏)を嫁がせ、同席した樊噲にも次女を娶らせる。
芒碭山の斬蛇
- 劉邦は驪山への徒役の護送中に多くの逃亡者を出し、残る者を解き放って自らも逃亡。道を塞ぐ大蛇を斬り捨てたところ、これが「白帝の子(秦)を赤帝の子(劉邦)が斬った」との予言的な逸話として広まり、芒碭山に集った壮士たちに慕われるようになる。
沛公の擁立
- 蕭何・曹参らは沛の県令に背いて劉邦を迎え入れ、劉邦の呼びかけで城内の父老が県令を殺して城を明け渡す。人々の推挙により劉邦は沛公として立てられ、赤を旗色として秦打倒の兵を挙げた。
会稽での項梁の決起
- 会稽郡守の殷通が項梁に反秦を持ちかけたところ、項梁は甥の項籍と謀り殷通を斬って郡を奪い、挙兵の拠点とした。