西漢演義第九回 趙高は詔を偽り胡亥を立てる (趙高矯詔立胡亥)
会稽の若者と項氏
- 会稽で始皇帝を刺そうとした若者は項籍(字は羽)、止めたのは叔父の項梁であった。項籍は書も剣も中途半端だが「万人を敵とする術を学びたい」と大志を語り、項梁はその器量に驚く。
始皇帝の崩御と趙高の陰謀
- 隕石に「始皇死して地分かる」と刻まれる不吉な出来事があり、始皇帝は憤って周辺の住民を誅し石を焼かせた。李斯の諫めで巡幸を切り上げて帰途につくが、道中で東海の龍神と戦う夢を見て体調を崩し、沙丘で危篤となる。
- 始皇帝は李斯に、扶蘇を後継に立てるよう遺言して崩御。喪は秘され、遺体は温涼車で運ばれた。
- 趙高は李斯を説き伏せ、遺詔を偽造して長子扶蘇を排し、末子胡亥を太子に立てることを承諾させる。胡亥も当初は道義に反すると渋るが、趙高の説得に折れる。
扶蘇の死
- 偽の詔書により、扶蘇には自裁が命じられる。蒙恬は詐りを疑い奏上を勧めるが、扶蘇は父命に背けぬとして毒を仰いで死んだ。蒙恬は太子の死を悼んで慟哭した。