三國演義第一百一十一回 鄧士載は智をもって姜伯約を取り、諸葛誕は義によって司馬昭を討つ (鄧士載智取姜伯約 諸葛誕義討司馬昭)
鄧艾の慧眼
- 鄧艾は姜維が必ず再侵攻すると五つの根拠を挙げて予測し、陳泰と協力して雍・涼の防備を固める。
段谷の敗戦
- 姜維も対称的に五つの必勝の理由を掲げて再出兵。祁山では鄧艾の巧妙な布陣に阻まれ、南安・上邽攻めも段谷の地形を読んだ鄧艾の伏兵に大敗する。
- 撤退戦で陳泰に包囲されるが張嶷の決死の救援で脱出、張嶷は戦死する。姜維は敗戦の責を負い自ら後将軍に降格を願い出る。
司馬昭の専権と諸葛誕の反発
- 司馬昭は事実上の独裁者として振る舞い、腹心の賈充を使って諸葛誕(諸葛亮の族弟)の忠誠を探らせる。誕はこれを拒絶して疑われ、逆に討伐令を受けて挙兵し、揚州刺史楽綝を討つ。
- 諸葛誕は司馬昭の罪状を訴える上表を行い、子を人質に呉に援軍を求める。呉の実権者孫綝はこれに応じ、大軍を送る。
司馬昭の親征
- 司馬昭は幼帝曹髦・太后を伴い大軍で淮南へ親征。呉の先鋒朱異・唐咨を撃破し、諸葛誕・文欽父子との決戦に向かう。