三國演義第一百一十回 文鴦は単騎にて雄兵を退け、姜維は背水にて大敵を破る (文鴦單騎退雄兵   姜維背水破大敵)

毌丘儉・文欽の挙兵

  • 毌丘儉・文欽は司馬師の専横(曹芳廃立)を大義名分に淮南で挙兵。病を押して司馬師自ら出陣する。

文鴦の奮戦

  • 文欽の子・文鴦(十八歳)が夜襲で司馬師の本陣に単騎で切り込み、司馬師の眼病の傷を悪化させるほどの衝撃を与える。撤退の際も単騎で追撃する魏将百余人を鞭で退けるなど獅子奮迅の武勇を見せる(詩でその勇猛を讃える)。

反乱鎮圧

  • 父子の連携が食い違い、文欽は道に迷って合流できず戦機を逃す。魏軍の反撃で壽春を奪われ、毌丘儉は敗死、文欽は呉へ亡命する。
  • 司馬師は目の傷が悪化して死去し、弟の司馬昭に権力を託す。曹髦は司馬昭にも爵位を与えて懐柔せざるを得ない。

姜維の洮西の戦い

  • 姜維は司馬師死去の機に乗じ北伐。洮水を背にした背水の陣で王経の魏軍を大破し、狄道城に追い詰める(大勝利)。
  • 張翼の慎重論を退け、なおも狄道城攻めを続けるが、陳泰・鄧艾の伏兵計略(虚偽の旗・太鼓による欺瞞)に阻まれ撤退を余儀なくされる。
  • 姜維は洮西の功により大将軍に任じられる。