三國演義第九十一回 瀘水を祭り漢の丞相は師を班し、中原を伐たんと武侯は表を上る (祭瀘水漢相班師 伐中原武侯上表)
瀘水の祭祀
- 孔明が南征を終えて班師する途中、瀘水で暴風により渡河できなくなる。
- 孟獲は「猖神」の祟りだとし、旧例では人頭四十九を黒牛白羊とともに供えると鎮まると説明する。
- 孔明は無益な殺生を拒み、土地の者から水辺で夜な夜な鬼哭が続くと聞き、かつて溺死した蜀兵や殺された南人の怨霊のしわざと悟る。
- 人頭の代わりに小麦粉を練って牛羊の肉を詰めた「饅頭」を作らせ、香案・灯火を並べて自ら祭文を読み上げて弔う。
- 祭文は、蜀の将兵・南人双方の戦没者の霊を慰め、故郷へ帰り子孫の祭祀を受けるよう説き、朝廷から遺族に恩恵を施すことを約束する内容。
- 読み終えると孔明は号泣し、三軍も涙する。怨霊とおぼしき雲霧が風に乗って消え去り、供物は瀘水に流された。
- 翌日には風波が静まり、蜀軍は無事に渡河する。
- 永昌に王伉・呂凱を残し、孟獲には善政を託して別れ、孔明は成都へ凱旋。後主自ら出迎え、戦没者遺族を厚遇し、内外は治まる。
曹丕の死と曹叡の即位
- 魏では曹丕が甄夫人を寵愛したのち、郭貴妃の讒言により甄夫人を賜死させ、郭氏を皇后に立てる。曹叡は甄夫人の子で、郭皇后の養子となる。
- 曹叡は狩りで母鹿を射られた子鹿を憐れみ助命を乞い、曹丕に仁徳の主と評されて平原王に封じられる。
- 曹丕は病篤くなり、曹真・陳羣・司馬懿を枕頭に呼んで曹叡の後事を託し、間もなく40歳で崩御。曹叡が帝位を継ぎ、文武百官を封賞する。
- 司馬懿は自ら願い出て雍・涼の軍を統べることになる。
反間の計と司馬懿失脚
- 蜀にこの報が入ると、孔明は司馬懿が力をつける前に討つべきだと考えるが、馬謖は「司馬懿を曹叡自身の手で滅ぼす」計略を献じる。流言と偽の檄文をばらまき、司馬懿謀反を疑わせる作戦。
- 鄴城に司馬懿名義の反乱告示が貼られ、曹叡は驚愕。華歆・王朗は誅殺を勧めるが、曹真は反間の計を疑い、漢高祖の故事にならい安邑へ行幸して司馬懿の動静を探ることを提案。
- 司馬懿は威儀を示そうと大軍を率いて出迎えたため、かえって謀反を疑われる。曹休の詰問に司馬懿は驚き、事情を弁明するが、曹叡の疑いは晴れず、華歆の勧めで官を解かれ帰郷させられる。曹休が雍・涼の軍を統べることになる。
孔明の出師表
- 司馬懿失脚の報に孔明は喜び、好機と見て北伐を決意。後主に「出師表」を奉る。
- 表の内容:先帝創業半ばで崩じ天下三分の危急を説き、忠臣を重んじ賢を親しみ小人を遠ざけるよう諫言。郭攸之・費禕・董允・向寵らの起用を薦める。自らの経歴(三顧の礼、南征の労)を述べ、北伐して漢室を復興する決意を誓い、成らねば罪を問うよう請う。
- 後主は北征を案じるが、孔明は南方平定を機に決行を主張。太史譙周は天象を理由に諫めるが孔明は聞き入れず、漢中に進駐して機を窺うとする。
- 内政は郭攸之・董允・費禕・向寵・陳震・蔣琬・張裔ら百余名に託し、出征の将帥・軍制を細かく編成する。
出師と趙雲の先鋒願い
- 建興五年三月丙寅、孔明は諸将を率い魏討伐に出発。
- 老将趙雲が先鋒を志願し、孔明は年齢を案じて止めるが、趙雲の強い意志に折れ、鄧芝を副将として五千の精兵を授ける。
- 後主自ら北門外まで見送り、孔明は漢中へ進発する。
魏の迎撃
- 洛陽にも急報が届き、曹叡は諸葛亮の大軍来襲に驚く。夏侯淵の子・夏侯楙が父の仇討ちを兼ねて出征を申し出る。
- 夏侯楙は驕慢で戦経験に乏しいが、曹操の女婿である立場から重用されており、王朗の諫言も聞かず大都督に任じられ、関西の軍二十余万を率いて孔明を迎え撃つべく長安へ向かう。