三國演義第八十回 曹丕は帝を廃し炎劉(漢)を簒い、漢王は位に正しく即き大統を継ぐ (曹丕廢帝篡炎劉   漢王正位繼大統)

禅譲の強要

  • 華歆ら群臣は献帝に禅譲を迫る。瑞祥や図讖(「魏」「許」「昌」の文字を暗示する予言)を根拡に退位を求めるが、献帝は祖業を守れぬ無念を訴えて拒む。
  • 曹皇后(曹丕の妹)は兄の逆謀を激しく非難するが、曹洪・曹休に武力で圧され、献帝はついに屈服を余儀なくされる。符宝郎祖弼は玉璽の引き渡しを拒み斬られる。
  • (詩:祖弼の忠節を讃える内容)

禅譲の儀式

  • 献帝は詔を発するが、司馬懿・賈詡の助言で曹丕は形式上何度か辞退を演じ、最終的に「受禅台」を築いて公開の儀式で禅譲を受けることになる。
  • 建安二十五年(延康元年)十月、曹丕は受禅台で皇帝位に即き、国号を「大魏」、元号を黄初元年と改める。曹操を太祖武皇帝と諡する。
  • 献帝は山陽公に落とされ、都を追われる。即位の儀の際、怪風が吹き荒れ灯火が消えるという不吉な出来事も起こる。
  • (詩:受禅の顛末を後の司馬氏の簒奪になぞらえて風刺する内容)

献帝殺害の誤報と劉備の服喪

  • 成都では、曹丕の即位とともに「献帝が殺害された」との誤報が伝わり、劉備は哭いて喪に服し、「孝愍皇帝」の諡を追贈する。この心労で劉備は病に伏し、政務を孔明に委ねる。

劉備の帝位継承

  • 孔明・許靖・譙周らは瑞祥(黄気、帝星の兆し)を根拠に劉備の即位を勧めるが、劉備は「逆賊と同じ真似はできない」と固辞する。
  • 孔明は仮病を使い、劉備が見舞いに訪れた隙に「即位なくば臣下は離散し両川も保てない」と説き、隠れていた文武百官が一斉に姿を現して即位を迫るという計を用いる。劉備はついに折れる。
  • 建安二十六年四月、劉備は成都武担山の南に壇を築き、祭文を読み上げて皇帝に即位(章武元年と改元)。呉氏を皇后、劉禅を太子に立て、劉永・劉理を諸王に、諸葛亮を丞相、許靖を司徒に任じる。

東征の宣言

  • 即位翌日、劉備は関羽の仇討ちのため東呉討伐の兵を挙げると宣言する。趙雲が異を唱えて進み出るところで回を終える。