三國演義第七十八回 風疾を治さんとし神医は身を死し、遺命を伝え奸雄は命数尽きる (治風疾神醫身死   傳遺命奸雄數終)

劉備の悲嘆と対応

  • 関羽父子の死に劉備は哭き崩れ、東呉への復讐を誓う。孔明は「呉と魏がそれぞれ我らを操ろうとしている」として即時開戦を諫め、まずは喪に服すよう説く。劉備は服喪の礼を尽くす。

曹操を悩ます怪異

  • 曹操は関羽を葬って以来、夜ごと関羽の夢に悩まされ、新殿(建始殿)造営のため躍龍祠の大梨の木を伐らせようとするが、神木として村人に止められる。曹操は自ら斬りつけるが血が飛び散り、その夜「梨の木の神」を名乗る者に斬りかかられる悪夢を見て頭痛を発症する。

華佗の登場と死

  • 華歆の推薦で神医・華佗が召される(麻酔による開腹手術、寄生虫の見立てなど数々の逸話が語られる)。
  • 華佗は曹操の頭痛の原因を脳内の風涎と診断し、開頭手術を提案するが、曹操は関羽治療の逸話を引き合いに出されたことで暗殺の疑いをかけ、投獄して拷問する。
  • 獄中の華佗は世話をしてくれた獄吏に医術書『青囊書』を託すが、獄吏の妻がこれを恐れて焼いてしまい、ごく一部しか伝わらなかったと語られる。
  • (詩:華佗の術と書の失伝を惜しむ内容)
  • 華佗は獄中で没する。

曹操の最期

  • 孫権が臣従を申し出て曹操に皇帝即位を勧めるが、曹操は「天命があるなら周の文王でよい」と固辞し、代わりに孫権を驃騎将軍に任じる。
  • 曹操は三頭の馬が同じ飼い葉桶を囲む夢を繰り返し見て不安を覚えるが、賈詡の「禄馬の吉兆」との言葉で安堵する(後の司馬一族の台頭を暗示するとされる)。
  • 深夜、伏皇后・董貴人・二皇子・伏完・董承ら、かつて自らが殺めた者たちの亡霊に悩まされ、体調は急速に悪化する。
  • 曹操は曹洪・陳羣・賈詡・司馬懿らを枕頭に呼び、四人の子(曹丕・曹彰・曹植・曹熊)の資質を評し、長子曹丕を後継に指名する。侍妾への遺言(絹履を作って生計を立てるように)、疑塚七十二基の設置なども言い残し、建安二十五年正月、六十六歳で没する。
  • (鄴中歌:曹操の功罪相半ばする複雑な人物像を詠う内容)

曹丕の継承

  • 司馬孚・陳矯らの主導で、詔勅を待たず曹丕が魏王位を継ぐことが決まる。華歆が独断で得た(実質的に強要した)献帝の詔により、曹丕は正式に魏王・丞相・冀州牧となる。
  • 即位の祝宴中、弟の曹彰が十万の大軍を率いて長安から到着したとの報が入り、曹丕は王位を争う意図ではないかと動揺するところで回を終える。