三國演義第七十七回 玉泉山にて関公は聖なる姿を顕し、洛陽城にて曹操は神の霊を感じる (玉泉山關公顯聖 洛陽城曹操感神)
関羽父子の最期
- 呂蒙の伏兵計画通り、麦城から脱出した関羽一行は朱然・潘璋の伏兵に次々と阻まれ兵を失っていく。趙累も討死し、関羽自身も落とし穴と鉤縄で捕らえられ、救援に向かった関平も力尽きて捕らわれる。
- 孫権は降伏を勧めるが、関羽は「漢を裏切った賊と与しない」と厳しく拒絶し、左咸の進言もあって関羽父子は処刑される(建安二十四年冬十二月、関羽享年五十八)。
- (詩:関羽の生涯と忠義を讃える内容、二篇)
- 関羽の愛馬・赤兎馬は馬忠に与えられるが、数日食を絶って死ぬ。
麦城陥落と王甫・周倉の最期
- 麦城の王甫・周倉は関羽父子の首級を見せられ、王甫は投身、周倉は自刎して果てる。
玉泉山での顕聖
- 関羽の魂は当陽の玉泉山に至り、旧知の僧・普浄と再会する。「首を返せ」と叫ぶ関羽に、普浄は「顔良・文醜ら、これまで討った者たちの首は誰に返すのか」と諭し、関羽は悟りを得て成仏する。以後、玉泉山で霊験を示し、里人が廟を建てて祀ったと伝えられる。
呂蒙の急死
- 孫権は荊州獲得の功を呂蒙に帰し祝宴を開くが、呂蒙は突如豹変し、関羽の霊が乗り移ったかのように孫権を罵倒、正体を明かして絶命する。孫権はこれを手厚く葬る。
曹操への首級移送と怪異
- 張昭の献策で孫権は関羽の首級を曹操に送り、劉備の怒りの矛先を魏へ向けさせようとする。曹操は喜ぶが、司馬懿はこれが東吳の「移禍の計」であると見抜き、香木で胴体を作り大臣の礼で厚葬するよう勧める。
- 曹操が首級を検めると、関羽の目が開き髭が逆立つ怪異が起こり、曹操は驚倒する。曹操は関羽を荊王に追贈し、手厚く洛陽に葬る。
劉備の吳氏立妃
- 法正の勧めで劉備は吳懿の妹(劉瑁の未亡人)を王妃に迎え、後に劉永・劉理の二子をもうける。
玄徳の胸騒ぎと訃報
- 劉備は関興から水攻めの戦果を聞き安堵するが、夜に関羽の霊が夢枕に立ち復讐を訴える。孔明・許靖は密かに荊州陥落と関羽の死の噂を掴んでおり、そこへ馬良・伊籍、続いて廖化が到着し、劉封・孟達の見殺しと関羽の死が確定的となる。劉備は悲嘆のあまり昏倒するところで回を終える。