三國演義第五十六回 曹操は銅雀台に大いに宴し、孔明は三たび周公瑾を怒らせる (曹操大宴銅雀臺 孔明三氣周公瑾)
東呉の懐柔策
- 孫夫人と共に脱出した玄德に対する怒りに加え、荊州問題で行き詰まった孫権に、張昭・顧雍は「劉備を荊州牧に推挙し曹操を牽制しつつ、周瑜を南郡太守にして孫劉の不和を煽り、漁夫の利を得るべき」と献策し、使者・華歆が許都へ派遣される。
銅雀台の宴
- 建安十五年、完成した銅雀台で曹操は諸将の弓術大会(錦の戦袍を賭けた腕比べ)と文官の詩作を催し、その席で「自分が天下に野心はない、兵権を手放せば身の危険がある」と長広舌を振るう。
- (詩:周公・王莽の故事を引き、真意は死後にしか分からないと評する)
- 宴の最中、劉備が荊州牧となり孫権の妹と結婚したとの報せが入り曹操は動揺するが、程昱の分析(東呉の牽制策と見抜く)を受け、周瑜を南郡太守に任じて孫劉の不和を煽る策を採る。
三度目の激怒
- 周瑜は荊州返還を再三求めるが、孔明は劉琦の死や西川攻略を理由に先延ばしを重ね、周瑜は「西川攻略を名目に荊州を奇襲する(仮道滅虢の計)」策を立てる。
- 孔明はこれも見抜き、趙雲に迎撃の備えをさせつつ表向き歓迎の姿勢を見せて油断させる。荊州に迫った周瑜は伏兵に囲まれていることを知り、玄德からの「信義を破って西川を奪うくらいなら出家する」との返答を突きつけられ、さらに四方から関羽・張飛・黄忠・魏延の軍勢が迫っていると知り、憤激のあまり矢傷が再び破れて落馬する。