三國演義第五十七回 柴桑口にて臥龍は喪を弔い、耒陽県にて鳳雛は政務を執る (柴桑口臥龍弔喪   耒陽縣鳳雛理事)

周瑜の死

  • 孔明の書状(西川攻略の無謀さと曹操の脅威を説く)を読んだ周瑜は、天命を悟って諸将に後事を託し、「既生瑜、何生亮(瑜を生みながら、なぜ亮をも生んだのか)」と嘆きつつ三十六歳で没する。
  • (詩:周瑜の早すぎる死を悼む)
  • 周瑜は遺書で魯粛を後任に推薦し、孫権はこれに従って魯粛を都督に任じる。

孔明の弔問

  • 孔明は星占いで周瑜の死を予見し、趙雲を伴い柴桑へ弔問に赴く。周瑜配下の反発を趙雲の護衛で抑えつつ、孔明は真情のこもった祭文を涙ながらに読み上げ、周囲の疑念を解く。
  • (祭文全文の趣旨:周瑜の生涯の功績と友情を偲び、天下の知音を失った悲しみを述べる)
  • 弔問の帰路、江辺で龐統(鳳雛先生)と再会し、孔明は「孫権の下では重用されないだろうから、荊州で玄德に仕えるとよい」と手紙を託して別れる。

龐統、玄德に仕える

  • 魯粛は龐統を孫権に推薦するが、風貌の醜さから孫権に軽んじられ登用されない。魯粛の勧めで龐統は荊州の玄德を頼るが、玄德もまた外見で軽視し、耒陽県の小さな県令職しか与えない。
  • 龐統は不満から政務を放置して酒に溺れるが、視察に来た張飛の前でわずか半日で溜まった百日分の政務を見事に裁き、その才を証明する。
  • 張飛の報告と魯粛・孔明の推薦状により、玄德は自らの不明を悔い、龐統を副軍師中郎将に任じる。

馬騰の悲劇

  • 荊州で孔明・龐統を得た劉備の勢力拡大を警戒した曹操は、荀攸の献策で馬騰を都へ召し出し、密かに謀殺する計略を進める。
  • 馬騰は長子・馬超の勧めと、甥・馬岱の懸念の板挟みの中で入京するが、密約が漏れて曹操の伏兵に囲まれ、次男馬休と共に、内通の相談相手だった黄奎とともに処刑される。
  • (詩二篇:馬騰父子の忠烈と、密告者・苗澤の浅ましさを詠う)
  • 馬岱は辛くも脱出する。