三國演義第五十一回 曹仁は東呉の兵と大いに戦い、孔明は一たび周公瑾を怒らせる (曹仁大戰東吳兵 孔明一氣周公瑾)
関羽赦免
- 玄德は桃園の義を理由に孔明の斬刑を止め、関羽は罪を許される。
南郡争奪の駆け引き
- 周瑜は南郡攻略に乗り出すが、玄德・孔明が油江口に布陣していると知り不安を覚える。玄德を訪ねた周瑜に対し、玄德は「東呉が取れなければ自分が取る」と告げ、周瑜もこれを了承する言質を与えてしまう。
- 孔明は「まず東呉に戦わせ、疲弊させたところで漁夫の利を得る」との策を玄德に授ける。
曹仁との攻防
- 周瑜配下の蔣欽・徐盛・丁奉が先鋒として攻めるが、曹仁配下の牛金が奮戦し、危うく包囲されかけるも曹仁自ら救出する。
- 甘寧が彝陵を奪うが、逆に曹洪・曹純・牛金に包囲される。周瑜は自ら救援に向かい、呂蒙の献策で退路の樹木を伐り倒し、彝陵を奪還する。
- その後、南郡攻めで周瑜は曹仁の偽装退却に誘われて城内深くまで攻め込み、伏兵の弩矢を左脇に受けて重傷を負う。
苦肉の計、再び
- 曹仁は周瑜死亡の誤報を信じて夜襲を仕掛けるが、これは周瑜自身が仕組んだ罠であり、伏兵によって曹仁軍は大敗し、襄陽方面へ敗走する。
漁夫の利
- 疲弊した東呉軍が南郡に迫ると、城壁には既に趙雲の旗が翻っていた。孔明が奪った曹仁の兵符を利用し、荊州・襄陽の守備兵を偽りの命令でおびき出させ、その隙に張飛が荊州を、関羽が襄陽を、労せずして手に入れていたのである。
- 周瑜はこの事実を知り、激怒のあまり傷口が裂けて再び昏倒する。