三國演義第五十回 諸葛亮は智をもって華容を計り、関雲長は義によって曹操を釈す (諸葛亮智算華容 關雲長義釋曹操)
赤壁の大火
- 川に落ちた黄蓋は韓当に救われる。赤壁一帯は東呉の水陸両軍の総攻撃で大火に包まれ、曹操軍は焼死・溺死者が続出する。
- (詩二篇:赤壁の戦いで曹操が大敗したことを詠う)
- 甘寧・呂蒙・凌統・潘璋・董襲らが陸上でも次々と火を放ち、曹操は張遼らに守られながら烏林方面へ敗走する。
敗走の連続
- 曹操軍は呂蒙・凌統・徐晃らの追撃をかわしつつ逃げるが、袁紹の降将・馬延・張顗の援軍も甘寧に討たれ、合淝からの援軍も孫権・陸遜・太史慈の妨害で当てが外れる。
- 明け方、地の険しさを見て曹操は「ここに伏兵がいれば」と嘲笑うが、言い終わらぬうちに趙雲の伏兵に襲われ、命からがら逃げ延びる。
- 雨の中、飢えた兵を連れて彝陵方面へ向かう途中、再び曹操は「周瑜・孔明の智謀も大したことはない」と嘲笑うが、そのたびに伏兵(張飛など)に襲われる。
華容道
- 泥濘の葫蘆口を強行突破させ、多くの兵を失いながら華容道へ進む曹操は、三度目の哂笑の直後、ついに関羽の伏兵に行く手を阻まれる。
- 疲弊した曹操軍は絶望するが、程昱の進言で曹操は関羽の旧恩に訴える。関羽は白馬の囲みを解いた恩義を返したと言いつつも、かつての恩義と目の前の敗残兵の哀れさに心を動かされ、道を開けて曹操とその軍勢を見逃す。
- (詩:関羽が旧恩により曹操を見逃したことを詠う)
- 曹操はわずかな供回りとともに南郡へたどり着き、曹仁に迎えられて安堵する。郭嘉がもし生きていればこの大敗はなかったと嘆き号泣する。
事後処理と関羽の帰還
- 曹操は南郡を曹仁、襄陽を夏侯惇、合淝を張遼・楽進・李典に託し、密計を残して許都へ引き上げる。
- 関羽は曹操を見逃したことを恥じ、手柄なく玄德のもとへ戻る。孔明は当初祝福するが、関羽が曹操を捕らえられなかった経緯を語ると、軍令状に基づき処刑を命じる。