三國演義第四十九回 七星壇にて諸葛は風を祭り、三江口にて周瑜は火を放つ (七星壇諸葛祭風 三江口周瑜縱火)
周瑜の病と孔明の処方
- 周瑜の急病を聞いた孔明は、その原因が「東南の風が吹かないこと」への心労だと見抜き、見舞いに訪れて「東風がなければ火計は成らない」と紙に書いて示し、周瑜を驚かせる。
- 孔明は奇門遁甲の術で東南の風を呼べると称し、南屏山に七星壇を築いて三日三晩祈ることを提案、周瑜は喜んで壇の造営を命じる。
七星壇の祈祷
- 二十四丈四方、三層の壇に二十八宿・八卦の旗を配し、孔明は沐浴斎戒して壇に登り祈りを捧げる。何度も上り下りするが、なかなか風は吹かない。
- 周瑜は火船・伏兵の手配を整え、黄蓋の詐降の合図(青龍の旗を掲げた船)を待つ体制を敷く。
東南風、吹く
- 三更、ついに東南の風が強く吹き始める。周瑜は「人智を超えたこの術者を生かしておいては東呉の禍になる」と考え、丁奉・徐盛に孔明の暗殺を命じる。
- 孔明はすでに察知しており、趙雲の迎えの船で悠々と脱出する。趙雲は追ってきた徐盛の船の帆綱を矢で射切り、追跡を振り切って夏口へ帰還する。
- (詩:孔明の妙計による東風の到来を詠う)
火攻めの布陣
- 周瑜は甘寧・太史慈・呂蒙・凌統・董襲・潘璋らに烏林・黄州・漢陽など各方面への出撃を命じ、黄蓋の火船を先鋒に本隊を進発させる。
- 夏口では玄德・孔明が趙雲・張飛にそれぞれ烏林・彝陵方面の伏兵を命じ、糜竺兄弟・劉封には敗残兵の掃討を、劉琦には武昌の守りを命じる。
- 関羽は自分だけ任務を与えられないことに不満を示すが、孔明は「華容道は曹操の旧恩ゆえ見逃す恐れがある」とあえて指摘し、関羽は「軍法に従う」との軍令状を書いて華容道の伏兵を任される。玄德の懸念に対し、孔明は「天文を見るに曹操はまだ死すべき時ではない、この恩を関羽に果たさせるのも一興」と答える。
黄蓋の詐降と火計成功
- 曹操は程昱の警告を軽視し、黄蓋の船団を偽りの降伏と信じて迎え入れようとするが、直前で不審に気づいた文聘が制止に向かい矢傷を負う。
- 黄蓋の火船が曹操の連環した水寨に突入し、大火となって燃え広がる。曹操は辛くも脱出するが、黄蓋自身も張遼の矢を受けて川に落ちる。