三朝北盟會編炎興下帙 紹興二十六年 1156年

辛次膺、紹興府知事に任じられる

  • 辛次膺が紹興府知事兼浙東安撫使に任じられた。かつて湖南提刑であった次膺は、金使張通古の来訪に際し「父母の讐とは共に天を戴かず」と上書して和議に反対したが用いられず、辞して官を退いた過去を持つ。
  • 紹興十年、金が盟約を破った際、岳飛の厚遇の申し出を固辞し、以後十二年にわたり困窮の中でも節を曲げず、秦檜とも不和であったが、ここに至って浙東の帥に任じられ、婺州知事に転じた。

四月十八日己丑 賀上尊号使の派遣

  • 陳誠之が大金国賀上尊号使に、蘇煜がその副使に任じられた。

五月二十四日壬子 金使の来訪

  • 金が敬嗣暉・蕭中立を遣わし、生辰の賀を伝えた。