三朝北盟會編炎興下帙 王仲通「上蔡攸十不可書」(宣和年間)
王仲通、契丹討伐の不可を蔡攸に説く
- 王繪の父・王仲通は宣和年間、蔡攸が宣撫副使であった当時、北方討伐に反対する意見書を献じた。以下はその全文である。
- 北方の民族(契丹)は遊牧を業とし戦に慣れており、中国が制すべきはその根拠地を破ることではなく、辺境の守りを固めることにあると説き、朝廷が兵馬を発して河北へ向かわせる動きを憂慮した。斉桓公が莒討伐を密議したのに国中に漏れた故事を引き、事の露見を懸念した。
十の不可の論
- 太平久しく天下安泰な今、軍を動かせば北方の憂いを招く。
- 石晋が燕雲十六州を契丹に割いた後も後周世宗は無血で三関を回復した先例があり、両朝通和の今、名分なき出兵は不要。
- 金は遠方で長く遼と戦い、二十余州を奪い漢地の献納を望んでいる。もし金が強大化すれば、遼を滅ぼした後は再び金が新たな強敵となる。
- 契丹配下の部族は不毛の地に頼り中原の物資を頼みに生きており、歳幣を絶てば必ず争って侵入し兵乱が絶えなくなる。
- 北方数千里は険阻なく平原ばかりで大軍向きの地形であり、寡兵で敵の全軍に当たれば澶淵以後の教訓を忘れることになる。
- かつて神宗皇帝は財政豊かな時代でも軽々に動かず、まず霊武を頼みに西夏と結ぶ策を優先した。今その霊武(西夏)を無視して事を構えれば、攻めれば必ず救援を要し、救援すれば両面から敵を受ける。
- 西夏は漢人の献策(劉文珪の策)により虚を衝いて侵入する構えを常に持っており、関陝の精兵を北方に振り向ければ西方の備えが疎かになる。
- 辺境の食糧備蓄は乏しく、千里の輸送では兵に飢色が生じる。
- 民は蓄えが少なく水旱の際は流民が生じやすい。徴発が重なれば民は耐えかね盗賊化する恐れがある。
- 兵は凶器であり已むを得ず用いるもの。老子も「大兵の後は必ず凶年あり」と言う。近年豊作が続いたとはいえ民力にはまだ余裕がなく、荒年が来れば救済も難しくなる。
上書の結び
- 王仲通は、これらの利害は明白であるのに朝廷に進言する者が少ないことを憂い、長く地方官を務めた自らの見識から黙っていられず上言したと述べる。蔡攸を国の元老・王室の柱石と称え、衆議は口を揃えて禍を恐れ進言を控えているとし、忠直の言を尽くして帝への奏上を求め、天下万民のためこの意見が採用されることを切望して書を結んだ。