梁書卷四十七 列傳第四十一 何烱

何烱

  • 字は士光、廬江灊の人。父の撙は太中大夫。15歳で従兄の何𦙍に学び一年で五経の章句に通じた。容貌美しく学問を好んだが仕進を望まず、揚州主簿・秀才を経て諸官を歴任した。
  • 父の病には旬日帯を解かず看病し、みるみる面変わりするほど憔悴した。父が没すると哭泣が止まず、腰や脚を病みながらも喪に服し、ついに哀毀のあまり没した。