梁書卷四十七 列傳第四十一 庾沙彌

庾沙彌

  • 潁隂の人、晉の司空庾冰の六世孫。父の佩玉は輔國長史・長沙内史であったが、宋の昇眀年間、沈攸之の事件に連座して誅された。沙彌は生まれたばかりであった。5歳のとき母が仕立てた美しい衣を、家門の禍を理由に着ようとせず涙した。成人後も生涯布衣蔬食を通した。
  • 嫡母劉氏の病には朝夕帯を解かず看病し、鍼灸も自ら先に試した。母の死には水漿を断って喪に服し、廬に籠り昼夜哭泣、墓には松が自生したという。族兄の都官尚書庾詠が純孝の推挙を上奏し、高祖は歙令に補した。
  • のちに随行先の会稽で生母の喪にも遭い、都へ帰る途上、浙江で暴風に遭って舟が覆りかけたが、沙彌が柩を抱いて号哭すると風が止んだと伝わる。以後も官を歴任し長城令で没した。