兩晉演義第八十二回 叛党に通じ蘭汗が君を弑し、賊臣を誅し燕の宗室が国を復す (通叛黨蘭汗弒君 誅賊臣燕宗復國)

龍城陥落と蘭汗の暗躍

  • 段速骨らの叛乱軍が龍城に迫るなか、頓丘王蘭汗(慕容盛の岳父)が密かに叛乱側と通じていた。誘い出された慕容農は捕らえられ、城壁上で見せしめにされたことで守兵の士気は崩れ、龍城は陥落した。慕容宝と側近らは輪騎で南へ逃れた。
  • 内部対立から段速骨側の内紛が起こり、蘭汗が段速骨一派を粛清して実権を握り、いったん擁立した慕容崇を廃して太子策を監国とし、慕容宝の帰還を求める使者を送った。

慕容宝の南下と范陽王徳との対立

  • 慕容宝は蘭汗の真意を疑う長楽王盛らの諫めで鄴へ向かうが、既に自立して燕王を称していた范陽王慕容徳から入城を拒まれた。徳配下の趙思・護らとのやり取りの末、慕容徳との関係は断絶した。

蘭汗による慕容宝弑逆

  • 長楽王盛は冀州で兵を集めるが、慕容宝は蘭汗の使者の甘言を信じて単身龍城へ急ぐ。蘭汗配下の加難に迎えられた慕容宝は、忠告した餘崇を殺害されたうえで軟禁され、夜のうちに殺害された。蘭汗は大都督・大単于などを自称し年号を改めた。
  • 慕容盛は妻蘭氏らの取りなしで蘭汗に赦され、侍中に取り立てられるが、内心では復讐を期し、太原王慕容奇と結んで密かに兵を集めた。

慕容盛の反撃と蘭汗誅滅

  • 蘭汗の兄弟提・加難の専横で内部対立が深まる中、慕容盛は李旱らと結んで機を窺い、蘭汗父子が祝宴で泥酔した隙にその子穆を討ち取り、兵を率いて蘭汗を襲撃し誅殺した。蘭提・加難ら一族も相次いで討たれた。
  • 慕容盛は蘭汗の娘である自らの妻を罪に問おうとしたが、丁氏(献荘太子妃)の取りなしで思いとどまった。

慕容盛の即位と苛政

  • 慕容盛は長楽王として実権を握り、叛いた太原公奇を討伐して処刑、先主宝を恵閔皇帝と追諡した。その後帝位に即き年号を改めるが、些細な過失にも重罰を科す苛烈な統治を続け、遼西太守李朗の離反・討伐など内紛が絶えなかった。李朗は輔国将軍李旱に討たれ、龍城に平穏が戻った。

評語

  • 回末の詩は、寛厳の均衡を欠いた統治は君臣の疑心を招くと詠む。
  • 評語は、蘭汗が国舅・姻戚の立場にありながら君を弑した非道を、莽・操にも勝る悪と断じつつ、慕容盛もまた父の仇を討った大義の陰で猜疑と粛清を重ね、いずれ禍を招く兆しがあると論じている。