兩晉演義第三回(第003回)

韓寿への疑いと結婚

  • 賈充は娘の病が治ったこと、異香が韓寿の身から漂うことに気づき、夜半に盗人と偽って邸内を捜索、韓寿の忍び込んだ痕跡を見つける。
  • 事実を知った郭槐は破談より縁組を勧め、賈充も承知して韓寿を正式に娘婿として迎える。韓寿は散騎常侍に取り立てられる。

司馬孚の死

  • 武帝から破格の待遇を受けていた安平王司馬孚が九十三歳で没する。魏への忠義を貫いた遺言を残し、質素な葬儀を望んだ。
  • 同時期、王沈・裴秀・石苞・鄭沖・荀顗ら旧臣も相次いで世を去る。

楊皇后の死と遺言

  • 泰始十年、楊皇后が病に倒れる。臨終に武帝の膝に伏し、従妹の楊氏(駿の娘)を後宮に入れるよう頼み、武帝はこれを承知する。
  • 左貴嬪(左思の妹、才媛だが器量は並)が長い誄文を捧げて楊后を偲ぶ。

後宮の拡充と胡芳の気骨

  • 武帝は名門の娘を広く後宮に選び入れる。楊皇后の目は美貌より家柄を基準に選定を左右した。
  • 選ばれた胡芳(鎮軍大将軍胡奮の娘)は「陛下を恐れず」と気丈に振る舞い、武帝の寵愛を得て貴嬪となる。

斉王攸をめぐる継嗣論

  • 咸寧二年、武帝が病に倒れると、朝野では暗愚な太子衷に代えて聡明な斉王攸を立てるべきとの声が上がる。
  • 荀勖・馮紞は讒言により武帝の疑念を煽り、斉王攸を都から遠ざける策を進言。武帝は快復後、賈充の兵権を解くなど布石を打つ。

楊芷、皇后に

  • 楊皇后の二周忌に、遺言どおり楊駿の娘(楊芷)が新皇后に立てられる。左貴嬪が祝いの頌を武帝に献じ、称賛される。

評語

  • 賈氏に禍をもたらした真の元凶は楊皇后であるとし、暗愚な太子を立てたこと、悍婦賈南風を娶らせたこと、臨終になお私情で従妹の立后を求めたことの三つの過ちを厳しく批判する。
  • 左貴嬪の誄・頌は美文だが史実の粉飾にすぎないとしつつ、才媛の存在自体は評価に値するとする。