遼史卷一百八 列傳第三十八 王白
占術と栄達
王白は冀州の人。天文に明るく卜筮を善くし、晋の司天少監であったが、太宗が汴京入りした際に得た人材である。応暦十九年、王子扎穆が事件で下獄した際、その母が占いを求めると、王白は「この人物は王にはなるが、殺されることはない、過度に憂えるな」と告げた。景宗即位後にその罪は赦され、寧王に封じられ、王白の言の通りとなった。禍福の予言はこの類が多かった。保寧年間、彰武・興国二軍の節度使を兼ね、『百中歌』を著して世に行われた。
王白は冀州の人。天文に明るく卜筮を善くし、晋の司天少監であったが、太宗が汴京入りした際に得た人材である。応暦十九年、王子扎穆が事件で下獄した際、その母が占いを求めると、王白は「この人物は王にはなるが、殺されることはない、過度に憂えるな」と告げた。景宗即位後にその罪は赦され、寧王に封じられ、王白の言の通りとなった。禍福の予言はこの類が多かった。保寧年間、彰武・興国二軍の節度使を兼ね、『百中歌』を著して世に行われた。