遼史卷一百八 列傳第三十八 珠勒呼

出自と生い立ち

珠勒呼は吐谷渾の人。太祖が吐谷渾を破った際、ある騎士が矢筒を捨てて逃げながら振り返って射たが当たらなかった。追撃した兵が矢筒を開けると中に嬰児が入っており、それが珠勒呼であった。捕虜にした者に問いただすと、矢筒を射たのはその子の父で、代々医を善くする家柄であり、馬上で診た所見から子が人手に渡ることを望まず殺そうとしたのだと分かった。こうして太祖に献上され、淳欽皇后がこれを養育した。

医術と晩年

成長すると医術に優れ、専ら鍼灸を業とした。太宗の時に太医として近侍し、脈経や鍼灸書を著して世に行われた。九十歳で没した。