遼史卷九十九 列傳第二十九 蕭蘇色

出自と経歴

  • 蕭蘇色は字を圖勒錦といい、圖魯卜部の人。性は沈毅。重熈年間、右䕶衛太保に累進した。
  • 富珠哩が叛くと耶律義先に従って討伐に赴き、首乱の托多羅を捕らえて帰った。清寧中、北面林牙・彰國軍節度使を歴任し、入って北院樞密副使となった。
  • 咸雍十年、西南辺を経畧し、宋の堡障の防備を撤して皮室軍でこれに代えたことを上は嘉した。
  • 太康二年、北院樞密使を知る。耶律伊遜の権寵が盛んで、これに附随する者は通顯に至る者が多かったが、蘇色は決してその門を訪れなかった。伊遜はこれを恨み、蘇色が廃立を首謀したと誣構した。按じても証拠がなく、上京留守に出された。
  • 伊遜は再び蕭額圖琿に前事を誣告させ、上は怒って再び審訊もせず使者を遣わして殺した。時は盛夏で、屍は野に放置されたが容色は変わらず、烏鵲すら近寄らなかったという。乾統年間、蘭陵郡王を追封され、宜福殿に肖像を描かれた。