遼史卷九十八 列傳第二十八 耶律呼哩

出自と経歴

  • 耶律呼哩は字を蘇色といい、𢎞義宮分の人。その先祖の欲穏は太祖を佐けて功があり、徳哷勒額爾竒木となった。父の掦鄂特は左監門衛大將軍。
  • 呼哩は謙謹で適莫がなかった。重熈末に寢殿實達爾に補せられ、善職により華要を歴任した。
  • 千牛衛大將軍に遷り、大安中、北凖布の酋の磨魯斯が叛いた際、招討都監として耶律納延とともに精騎二千を率いてこれを討ち平らげ、功により漢人行宮副都署を兼知太和宮事に任じられた。
  • 致仕して同中書門下平章事を加えられ卒した。

史論

  • 論じて言う。烏納は道宗が昏惑した時にあって皇孫を擁護し、伊遜の姦計が再び逞しくならぬようにし、遼の祚を続かせた。これを烏哲立が穆宗を立てたことに比べても溢美ではない。儼は俊才をもって政に臨み、至る所で能譽があり、遼史を纂述し一代の治乱を具えたことは勤めたと言える。ただその寵を固めることに専心し礼をもって家を正すことができなかったのは惜しい。劉伸は三たび大理となり民に冤抑なく、一たび戸部に登れば上下がともに豊かになった。耶律玦と並んで忠直と称されるのも当然であろう。