遼史卷二十六 本紀第二十六 道宗六

壽隆元年(1095年)

  • 正月: 己亥、混同江に幸す。庚戌、西南面招討司が博索摩の来侵を蕭阿嚕岱等が撃破したと奏する。乙卯、奉聖州の貧民を振済する。
  • 二月: 戊辰、左右二皮室の貧民に銭を賜う。癸酉、高麗が使者を遣わし来貢。乙亥、魚児濼に駐蹕。
  • 三月: 丙午、東北路の貧民に絹を賜う。
  • 夏四月: 丁卯、額特埒が額図格爾討伐の勝利を奏する。乙亥、女直が使者を遣わし来貢。庚寅、西北路の功ある将士を録する。
  • 五月: 乙未朔、左伊勒希巴耶律托多を特哩衮とし、南京宣徽使耶律特黙を北院大王とする。癸卯、陣亡者に贈官する。丁巳、囉特哩嶺に駐する。
  • 六月: 己巳、奚六部大王事を知る和勒博を本部大王とし、権参知政事趙孝厳を漢人行宮都部署とする。囲場都管薩巴が凖布討伐の功により鎮国大将軍を加える。癸巳、凖布長約羅岱及塔瑪噶が来貢。
  • 秋七月: 庚子、凖布長敏逹蘇等が来貢。癸卯、沙嶺で狩猟。癸丑、伯哩八部が来附し方物を進める。甲寅、額特埒が磨古斯討伐の勝利を奏する。
  • 九月: 甲寅、木葉山を祠る。丙辰、西京の礟人・弩人に西北路の漢軍を教えさせるよう詔する。
  • 冬十月: 甲子、藕絲淀に駐蹕。甲戌、北面林牙耶律大悲努を右伊勒希巴とする。癸未、参知政事王師儒を枢密副使とし、漢人行宮都部署趙孝厳を参知政事とする。壬辰、凖布討伐の功ある将士を録する。
  • 十一月: 丙申、女直が使者を遣わし馬を進める。己亥、都統額特埒を西北路招討使とし漆水郡王に封じる。甲辰、夏国が貝多葉仏経を進める。庚申、高麗王昱が病にかかり、その子顒に国事を権知させる。
  • 十二月: 癸亥朔、北院枢密使事を知る耶律阿蘇を北院枢密使とする。是年、進士陳衡甫ら百三十人を放つ。

壽隆二年(1096年)

  • 正月: 甲午、春水に幸す。癸卯、西南面招討司が博索摩を討ち破る。乙卯、錫訥蘇に駐蹕。辛酉、牛を市し烏爾古徳哷勒・威烏爾古部の貧民に給する。
  • 二月: 癸亥、逹木琳巴古部を振済する。
  • 夏四月: 己卯、西北辺軍を振済する。
  • 六月: 辛酉、薩拉納に駐蹕。
  • 秋七月: 甲午、凖布が来貢。丙午、赤山で臘祭。
  • 八月: 乙丑、伯哩八部が馬を進める。
  • 九月: 丙午、烏爾古徳哷勒部を烏納水に徙して北辺の要衝を扼させる。
  • 冬十月: 戊辰、藕絲淀に駐蹕。庚辰、高麗が使者を遣わし来貢。
  • 十二月: 己未、額特埒が黙爾吉を討ち破る。壬戌、南府宰相耶律都勒斡が致仕。癸亥、蕭托卜嘉を北府宰相とし、耶律大悲努を殿前都点検とする。乙亥、夏国が宋の俘虜を献ずる。

壽隆三年(1097年)

  • 正月: 丁亥、春水に幸す。壬寅、烏爾古部節度使耶律辰嘉努が功により尚書右僕射を加える。癸卯、双山に駐蹕。
  • 二月: 丙辰、南京の水害に使者を遣わし振済する。閏月丙午、凖布長穆色克・年布爾古長托果斯・黙爾吉長呼喇巴等が旧地の回復を請い方物を貢し、これに従う。
  • 三月: 辛酉、燕国王延禧に子が生まれ、名を塔魯と賜い、妃の父長格を左監門衛上将軍に遷し官属に銭を賜う。是春、高麗王昱が薨ずる。
  • 夏四月: 南府宰相趙廷睦が興中府事に出知し、参知政事牛温舒に枢密院事を兼知させる。
  • 五月: 癸亥、額特埒が凖布を討ち破る。己巳、薩拉納に駐蹕。
  • 六月: 甲申、諸路の馳駅貢新を罷めるよう詔する。丙戌、冬の駐蹕の地では宰相以下が宅を構えるに際し民を役してはならないと詔する。辛丑、夏人が宋が要地に城を築いたと告げ、使者を遣わし宋に夏との和を諭す。庚戌、契丹行宮都部署耶律烏頁を南院大王とする。
  • 秋七月: 壬子朔、黒嶺で狩猟。
  • 八月: 己亥、博羅満逹勒部長がその民を率いて帰す。乙巳、彗星が西方に見える。
  • 九月: 壬申、藕絲淀に駐蹕。丁丑、武定軍節度使梁援を漢人行宮都部署とする。戊寅、額特埒が黙爾吉討伐の勝利を奏する。己卯、五国部長が来貢。
  • 冬十月: 庚戌、西北路招討使額特埓を南府宰相とする。
  • 十一月: 乙卯、博囉満逹勒が来貢。戊午、安車で医僧志逹を医巫閭山に召す。己未、中京留守韓資讓に枢密院事を知させ南院枢密使事を同知させ、蕭薬師努に右伊勒希巴事を知させる。丁丑、西北路統軍司が黙爾吉討伐の勝利を奏する。

壽隆四年(1098年)

  • 正月: 壬子、魚児濼に幸す。己已、凖布等の貧民を山前に徙す。辛未、宋が使者を遣わし錦綺を饋る。
  • 三月: 庚午、春州に幸す。丙子、有司が黄河が清んだと奏する。
  • 夏四月: 辛丑、雨により狩猟を罷める。
  • 五月: 癸酉、納延が北辺の勝利を奏する。甲戌、薩拉納に駐蹕。
  • 六月: 戊寅朔、夏国が宋の攻撃を受け援を求める。丁亥、遼興軍節度使聶哷を特哩衮とし、前知特哩衮事耶律果桑を南京統軍使とする。甲午、参知政事牛温舒に中京留守事を兼知させる。
  • 秋七月: 戊午、黒嶺に幸す。
  • 冬十月: 乙亥朔、藕絲淀に駐蹕。己卯、南府宰相額特埒に契丹行宮都部署を兼ねさせ、燕国王延禧の傅とする。
  • 十一月: 乙巳朔、右伊勒希巴事を知る蕭薬師努・枢密直学士耶律儼を宋に使わし夏との和を諷す。辛酉、夏が再び使者を遣わし援を求める。
  • 十二月: 壬辰、燕国王延禧のため再生礼を行い、三百里内の囚人を曲赦する。

壽隆五年(1099年)

  • 正月: 乙巳、魚児濼に幸す。乙丑、夏国王李乾順に博索摩等部を伐つよう詔する。
  • 夏五月: 壬戌、薬師努等が宋への使いから還り宋が兵を罷めたと奏する。癸亥、乾陵に謁する。戊辰、南府宰相額特埒に西北路招討使・禁軍都統を兼ねさせる。己巳、沿柳湖に駐蹕。
  • 六月: 甲申、奚六部大王和勒博を契丹行宮都部署とし右伊勒希巴事を知させ、蕭薬師努を南面林牙兼知契丹行宮都部署事とする。乙未、五国部長が来朝。戊戌、凖布が来貢。己亥、興聖宮使赫嘉努を右伊勒希巴とする。
  • 秋七月: 壬寅、提克徳長托廸が来貢。辛亥、逹里庫山に幸す。
  • 閏九月: 丙子、都爾嘉に駐蹕。
  • 冬十月: 己亥朔、高麗王顒が使者を遣わし封冊を乞う。丁巳、額特埒が額図格爾討伐の勝利を奏する。丙寅、南京留守事を同知する蕭塔喇台に北院枢密使事を知させる。丁卯、宋が郭知章・曹平を遣わし来聘する。戊辰、遼州の饑を振済し、その租賦を一年免じる。
  • 十一月: 甲戌、南北二糺を振済する。乙酉、夏国が宋の罷兵を謝す使者を遣わす。
  • 十二月: 甲子、参知政事趙孝厳を漢人行宮都部署とし、漢人行宮都部署梁援を遼興軍節度使とする。

壽隆六年(1100年)

  • 正月: 癸酉、南院大王耶律烏頁が薨ずる。壬午、太師致仕の托海を奚六部大王とする。丁亥、春水に幸す。辛卯、額特埒が磨古斯を執らえて献ずる。丙申、民の疾苦を問うよう詔する。
  • 二月: 丁未、烏爾古部節度使辰嘉努を南院大王とする。己酉、磨古斯を市で磔する。癸丑、絹を出して五院の貧民に賜う。辛酉、宋が使者を遣わし宋主煦が崩じ弟の佶が嗣位したことを告げ、直ちに使者を遣わし弔祭する。
  • 三月: 甲申、朔州の山林の禁を弛める。
  • 夏四月: 丁酉朔、日食あり。癸卯、炭山に幸す。
  • 五月: 壬午、烏爾古部が察察哩を討ち破る。乙酉、漢人行宮都部署趙孝厳が薨ずる。丙戌、納克濼に駐蹕。辛卯、宋が先帝の遺物を饋る。乙未、東京留守和囉木薩噶を特哩衮とし、南院宣徽使蕭常格を漢人行宮都部署とする。
  • 六月: 庚子、宋主を賀する使者を遣わす。辛丑、有司の案牘が宋主の嗣位を「登宝位」と書いたことにより宰相鄭顓以下の官を奪い出させ、鄭顓は興中府事を知り、韓資讓は崇義軍節度使、御史中丞韓君義は広順軍節度使となる。癸丑、凖布長が来貢。戊午、使者を遣わし五京の滞獄を決する。己未、遼興軍節度使梁援を枢密副使とする。
  • 秋七月: 庚午、沙嶺に幸す。壬申、額図格爾の諸部が西北路を寇する。八月額特埒が兵をもって破り、使者を遣わし勝利を献ずる。
  • 九月: 癸未、木葉山を望祠する。戊子、藕絲淀に駐蹕。
  • 冬十月: 壬寅、枢密副使王師儒に国史を監修させる。癸卯、五国の諸部長が来貢。甲寅、平州の饑によりその租賦を一年免じる。
  • 十一月: 壬申、天徳軍民田世栄が三世同居のため一子を三班院祗候に官することを詔する。丙子、医僧志逹を医巫閭山に召し内殿に壇を設ける。戊子、夏国王李乾順が使者を遣わし公主を尚りたいと請う。
  • 十二月: 乙未、女直が使者を遣わし来貢。己亥、右伊勒希巴事を知る赫嘉努を北面林牙とする。辛亥、燕国王延禧に大将軍以下の官を擬注するよう詔する。庚申、鉄驪が来貢。宋が使者を遣わし帝の不豫を謝す。是歳、高麗王顒を三韓国公に封じ、進士康秉倹ら八十七人を放つ。

壽隆七年(1101年)

  • 正月: 壬戌朔、病をおして清風殿に御し百官および諸国使の賀を受ける。この夜、白気が練のように天から降り、黒雲が西北から起こり飛翔して音を発し、北には青赤黒白の気が相雑って落ちた。癸亥、混同江に幸す。甲戌、行宮において崩ずる。享年七十。遺詔により燕国王延禧が嗣位する。六月庚子、尊諡して仁聖大孝文皇帝と曰い、廟号を道宗とする。

史論

道宗は即位当初、直言を求め、治道を訪ね、農を勧め学を興し、災を救い患を恤み、見るべきものがあった。しかし謗訕を禁ずる令が行われ告訐に賞を与えるようになると、邪な者たちが並び興り、讒言と巧言が競い進み、賊が骨肉に及んで皇基は次第に危うくなり、正しい者たちは淪落し、諸部は反側して用兵の絶える歳がなかった。一年に僧三十六万を飯し、一日に三千人を祝髪させるなど、ひたすら小恵に勤め大本を計らず、これでどうして政治を論ずるに足りようか。