遼史卷二十七 本紀第二十七 天祚皇帝一
出自と生い立ち
- 天祚皇帝、諱は延禧、字は延寧、小字は阿果。道宗の孫で、父は順宗大孝順聖皇帝、母は貞順皇后蕭氏。太康元年(1075年)に生まれ、六歳で梁王に封じられ守太尉・兼中書令となる。その三年後に燕国王に進封され、大安七年(1091年)に北南院枢密使事を総べ尚書令を加えられて天下兵馬大元帥となる。
壽隆七年・乾統元年(1101年)
- 正月甲戌、道宗が崩じ、遺詔により柩前で皇帝位に即く。群臣は尊号を天祚皇帝と上る。二月壬辰朔、乾統と改元し大赦する。耶律伊遜に誣陥された者の官爵を復し、籍没された者を出し、流放された者を還す。乙未、宋・西夏・高麗に告哀の使者を遣わす。乙巳、北府宰相蕭烏納を遼興軍節度使とし太傅を守として加える。
- 三月: 丁夘、有司に張孝傑の家属を群臣に分賜させる。甲戌、僧法頤を召し内庭で放戒させる。
- 夏四月: 旱。
- 六月: 庚寅朔、慶州に幸す。甲午、宋が王潜等を遣わし弔祭に来る。丙申、高麗・夏国がそれぞれ使者を遣わし慰奠する。戊戌、南府宰相額特埒に南院枢密使を兼ねさせる。庚子、懿徳皇后を追諡して宣懿皇后とする。壬寅、宋の魏国王和囉噶を天下兵馬大元帥とする。乙巳、北平郡王淳を鄭王に進封する。丁未、北院枢密使耶律阿蘇に裕悦を加える。辛亥、仁聖大孝文皇帝・宣徳皇后を慶陵に葬る。
- 秋七月: 癸亥、凖布・鉄驪が来貢。
- 八月: 甲寅、慶陵に謁する。
- 九月: 壬申、懐陵に謁する。乙亥、藕絲淀に駐蹕。
- 冬十月: 壬辰、乾陵に謁する。甲辰、皇考昭懐太子を諡して大孝順聖皇帝と曰い廟号を順宗とし、皇妣を貞順皇后とする。
- 十二月: 戊子、枢密副使張琳に枢密院事を知させ、翰林学士張奉珪を参知政事兼同知枢密院事とする。癸巳、宋が黄実を遣わし即位を賀する。丁酉、高麗・夏国がともに使者を遣わし来賀する。己巳、先朝で既に行われた事について陳告してはならないと詔する。初め、英格を生女直部節度使とし、その俗ではこれを太師と呼んだ。この歳、英格が死し兄の子武雅淑に伝わり、武雅淑が死しその弟阿固達が襲う。
乾統二年(1102年)
- 正月: 鴨子河に幸す。
- 二月: 辛夘、春州に幸す。
- 三月: 大寒により氷が復び合う。
- 夏四月: 丁亥、伊遜の党を誅しその子孫を辺に徙すよう詔する。伊遜配下の塔喇台の墓を発き剖棺戮屍にし、その家属を殺された家に賜う。
- 五月: 乙丑、額特埒が額図格爾等部討伐の勝利を献ずる。
- 六月: 壬辰、雨により狩猟を罷め散水原に駐蹕。丙午、夏国王李乾順が再び公主を尚りたいと請う使者を遣わす。丁未、南院大王辰嘉努が致仕。壬子、李乾順が宋に攻められ李造福・田若水を遣わし援を求める。閏月庚申、賢良を策問する。壬申、恵妃を庶人に降す。
- 秋七月: 黒嶺で狩猟。長雨のため狩猟人に馬を給する。凖布が来侵、額特埓等がこれを撃破する。
- 冬十月: 乙夘、蕭哈里が叛き乾州の武庫の器甲を劫する。北面林牙赫嘉努に捕えさせるよう命ずる。蕭哈里は彭楚水阿克展部に奔る。丙寅、南府宰相耶律額特埒を北院枢密院とし、参知政事牛温舒に南院枢密使事を知させる。
- 十一月: 乙未、赫嘉努が蕭哈里を捕えられなかったため官を免ぜられる。壬寅、上京留守耶律慎思を北院枢密副使とする。有司が帝の生日を天興節とするよう請う。
乾統三年(1103年)
- 正月: 辛巳朔、混同江に幸す。女直が蕭哈里の首を函に入れ使者を遣わし献ずる。戊申、春州に幸す。
- 二月: 庚午、武清県の大水によりその陂沢の禁を弛める。
- 夏五月: 戊子、狩猟人の逃亡が多いため厳しく科禁を立てる。乙巳、斉老嶺で清暑する。丙午、慶陵に謁する。
- 六月: 辛酉、夏国王李乾順が再び公主を尚りたいと請う。
- 秋七月: 中京に雹が降り作物を損なう。
- 冬十月: 甲辰、中京に幸す。己未、吐蕃が使者を遣わし来貢。庚申、夏国が再び援を求める使者を遣わす。己巳、観徳殿で事を行う。
- 十一月: 丙申、文武百官が尊号を「恵文智武聖孝天祚皇帝」と上り大赦する。宋の魏国王和囉噶を皇太叔とし、梁王塔魯を燕国王に封じ、鄭王淳を東京留守とし越国王に封じ、百官はそれぞれ一階を進める。丁酉、特哩袞耶律和囉木薩噶を南院大王とする。戊戌、尊号を受けたことを廟に告げる。乙巳、太祖廟に謁し、太祖の高祖を追尊して昭烈皇帝とし廟号を粛祖、妣を昭烈皇后とし、曽祖を荘敬皇帝とし廟号を懿祖、妣を荘敬皇后とする。監修国史耶律儼を召し太祖以下諸帝の実録を纂させる。
- 十二月: 戊申、藕絲淀に幸す。是年、進士馬恭囘ら百三人を放つ。
乾統四年(1104年)
- 正月: 戊子、魚児濼に幸す。壬寅、木嶺で狩猟。癸夘、燕国王塔魯が薨ずる。
- 二月: 丁丑、布古徳が使者を遣わし来貢。
- 夏六月: 甲辰、旺国崖に駐蹕。甲寅、夏国が李造福・田若水を遣わし援を求める。癸亥、吐蕃が使者を遣わし来貢。
- 秋七月: 南京に蝗害。庚辰、南山で狩猟。癸未、西北路招討使蕭塔喇台・北院枢密副使耶律慎思をともに北院枢密使事を知させる。辛夘、同知南院枢密使事蕭廸里を西北路招討使とする。
- 冬十月: 己酉、鳳凰が漷陰に見える。己未、南京に幸す。
- 十一月: 乙亥、迎月楼に御し貧民に銭を賜う。
- 十二月: 辛丑、張琳を南府宰相とする。
乾統五年(1105年)
- 正月: 乙亥、夏国が李造福等を遣わし援を求め、宋への討伐を乞う。庚寅、遼興軍節度使蕭常格を北府宰相とする。丁酉、枢密直学士高端礼らを遣わし宋に夏への出兵を止めるよう諷す。
- 二月: 癸夘、微行して民の疾苦を視る。丙午、鴛鴦濼に幸す。
- 三月: 壬申、族女南仙を成安公主に封じ、夏国王李乾順に下嫁する。
- 夏四月: 甲申、炭山で虎を射る。
- 五月: 癸夘、南崖で清暑する。壬子、宋が曽孝広・王戩を遣わし報聘する。
- 六月: 甲戌、夏国が使者を遣わし謝し方物を貢する。己丑、哈爾吉に幸す。
- 秋七月: 慶陵に謁する。
- 九月: 辛亥、藕絲淀に駐蹕。乙夘、乾陵に謁する。
- 冬十一月: 戊戌、商賈の家が進士挙に応ずることを禁ずる。丙辰、高麗三韓国公王顒が薨じ子の俁が使者を遣わし来告する。
- 十二月: 己巳、夏国が再び李造福・田若水を遣わし援を求める。癸酉、宋が林洙を遣わし夏との約和を議する。
乾統六年(1106年)
- 正月: 辛丑、北院枢密使蕭塔喇台に南院枢密使事を知させ、牛温舒を宋に使わし侵した夏地の帰還を諷させる。
- 夏五月: 散水原で清暑する。
- 六月: 辛巳、夏国が李造福等を遣わし来謝する。
- 秋七月: 癸巳、凖布が来貢。甲午、黒嶺に幸す。庚子、鹿角山で狩猟。
- 冬十月: 己亥、宋が夏と通好し劉正符・曹穆を遣わし来告する。庚辰、皇太叔・南京留守和囉噶に特哩衮を兼ねさせ、東京留守越王淳を南府宰相とする。
- 十一月: 乙未、謝家努を南院大王、瑪諾勒を奚六部大王とする。丙申、柴册礼を行う。戊戌、大赦し、和囉噶を義和仁聖皇太叔とし、越王淳を魏国王に進封し、皇子額嚕温を晋王、実納埒を饒楽郡王とする。己亥、太祖廟に謁する。甲辰、木葉山を祠る。
- 十二月: 己巳、耶律儼を漆水郡王に封じ、他の官もそれぞれ爵を進める。
乾統七年(1107年)
- 正月: 鴨子河で釣魚。
- 二月: 大魚濼に駐蹕。
- 夏六月: 散水原に次る。
- 秋七月: 黒嶺で狩猟。
- 冬十月: 乾陵に謁し、医巫閭山で狩猟。是年、進士李石ら百人を放つ。
乾統八年(1108年)
- 正月: 春州に幸す。
- 夏四月: 丙申、高麗王俁を三韓国公に封じ、その父顒に高麗国王を贈る。
- 五月: 散水原で清暑する。
- 六月: 壬辰、西北路招討使蕭迪里が諸番を率いて来朝する。丙申、柳を射て雨を祈る。壬寅、夏国王李乾順が成安公主に子が生まれたことを告げる使者を遣わす。丁未、黒嶺に幸す。
- 秋七月: 戊辰、雨により狩猟を罷める。
- 冬十二月: 己夘、高麗が使者を遣わし来謝する。
乾統九年(1109年)
- 正月: 丙午朔、鴨子河に幸す。
- 二月: 春州に幸す。
- 三月: 戊午、夏国が宋が地を返さないことを告げる使者を遣わす。
- 夏四月: 壬午、五国部が来貢。
- 六月: 乙亥、特哩嶺で清暑する。
- 秋七月: 隕霜が作物を損なう。甲寅、哈爾吉で狩猟。
- 八月: 丁酉、雪により狩猟を罷める。
- 冬十月: 癸酉、木葉山を望祀する。丁丑、今年の租税を免じるよう詔する。
- 十二月: 甲申、高麗が使者を遣わし来貢。是年、進士劉楨ら九十人を放つ。
乾統十年(1110年)
- 正月: 辛丑、立春の礼を予め行い、鴨子河に幸す。
- 六月: 庚午朔、大魚濼に駐蹕。
- 夏四月: 丙子、五国部長が来貢。丙戌、再生礼を予め行う。癸巳、北山で狩猟。
- 六月: 甲戌、玉丘で清暑する。癸未、夏国が李造福等を遣わし来貢。甲午、凖布が来貢。
- 秋七月: 辛丑、慶陵に謁する。閏月辛亥、懐陵に謁する。己未、祖陵に謁する。壬戌、皇太叔和囉噶が薨ずる。
- 九月: 甲戌、重九節の礼を免ずる。
- 冬十月: 藕絲淀に駐蹕。
- 十二月: 己酉、来年の元号を改めるよう詔する。是歳、大饑。
天慶元年(1111年)
- 正月: 鴨子河で釣魚。
- 二月: 春州に幸す。
- 三月: 乙亥、五国部長が来貢。
- 夏五月: 散水原で清暑する。
- 秋七月: 狩猟。
- 冬十月: 藕絲淀に駐蹕。
天慶二年(1112年)
- 正月: 己未朔、鴨子河に幸す。丁丑、五国部長が来貢。
- 二月: 丁酉、春州に幸し混同江に至り釣魚する。辺外の生女直の酋長で千里以内の者は故事によりみな来朝する。ちょうど頭魚の宴に遇い、酒宴が半ば酣となったとき、帝は軒に臨み諸酋長に次々舞わせようとしたが、独り阿固達だけは「できない」と辞退し、再三諭してもついに従わなかった。後日、帝は密かに枢密使蕭奉先に「先日の宴での阿固達の意気は雄豪で、その顧視は尋常でなかった。辺事に託して誅すべきではないか、さもなければ必ず後患を残す」と語る。奉先は「粗野な者は礼義を知らず、大過もないのに殺しては向化の心を傷つけよう。仮に異志があったとしても何を患えようか」と答えた。その弟の武奇邁・尼雅満瑚実等はかつて狩猟に従い、鹿を呼び虎を刺し熊を搏つことができたので、帝は喜んで官爵を加えた。
- 夏六月: 庚寅、南崖で清暑する。甲午、和州の回鶻が来貢。戊戌、成安公主が来朝。甲辰、凖布が来貢。
- 秋七月: 乙丑、南山で狩猟。
- 九月: 己未、熊を射獲て宴を開き群臣に自ら琵琶を弾じてみせる。初め、阿固達は混同江の宴から帰る途中、帝が自分の異志を知ったのではと疑い、兵を称して近辺の部族を併合しようとし、女直の卓克算・阿古齊がこれに抵抗した。阿固達はその家属二人を虜にし、逃げて咸州に訴えた。詳衮司は北枢密院に送り、枢密使蕭奉先は常事として上聞した。帝はなお咸州に送り詰責させ自新させようとしたが、後に何度も阿固達を召しても、ついに病と称して至らなかった。
- 冬十月: 辛亥、高麗三韓国公王俁の母が死し来告する使者があり、直ちに使者を遣わし致祭・起復させる。是月、奉聖州に駐蹕。
- 十一月: 乙夘、南京に幸す。丁夘、太祖廟に謁する。是年、進士韓昉ら七十七人を放つ。
天慶二年(1113年、底本のまま「二年」だが天慶三年の誤りか)
- 正月: 丙寅、南京の貧民に銭を賜う。丁夘、大魚濼に幸す。甲戌、僧尼の破戒を禁ずる。丙子、狗牙山で狩猟、大寒で狩猟人の死者が多い。
- 三月: 諸道の戸を籍し、逹里庫山の囲場地の居民を別の土地に徙す。阿古達がある日五百騎を率いて突然咸州に至り、翌日詳衮司に赴き卓克算等と庭下で面折する。阿固達は屈せず所司に送られ問状されたが一夕にして遁走し、人を遣わし帝に訴え「詳衮司が自分を殺そうとしたから留まらなかった」と述べる。これ以後召しても再び至らなかった。
- 夏閏四月: 李洪が左道を用いて衆を集め乱を起こし、支解されて五京に分示される。
- 六月: 乙夘、烏梁海国が使者を遣わし良犬を貢する。丙辰、夏国が使者を遣わし来貢する。
- 秋七月: 秋山に幸す。
- 九月: 藕絲淀に駐蹕。
- 十一月: 甲午、三司使虞融に南院枢密使事を知させ、西南面招討使蕭楽古を南府宰相とする。
- 十二月: 庚戌、高麗が使者を遣わし致祭を謝す。癸丑、回鶻が使者を遣わし来貢。甲寅、枢密直学士馬人望を参知政事とする。丙辰、知枢密院事耶律儼が薨ずる。癸亥、高麗が使者を遣わし起復を謝す。
天慶四年(1114年)
- 正月: 春州に幸す。初め、女直が挙兵した際、赫舍哩部の人阿蘇は従わずその部の薩該を遣わし討たせたが、阿蘇の弟達呼布が来告し、討たぬよう諭す詔を出したが聞かず、阿蘇は逃げて来奔した。この頃女直が使者を遣わし阿蘇の引き渡しを求めたが発せず、夏五月、散水原で清暑する。
- 秋七月: 女直が再び使者を遣わし阿蘇を求めたが発せず、侍御阿息保を遣わし境上に城堡を多く建てる理由を問わせたところ、女直は「もし阿蘇を返せば朝貢は元のとおりとするが、そうでなければ城は未だ已むことがない」と慢語で答えた。ついに渾河北の諸軍を発し東北路統軍司を益す。阿固達は弟尼雅満瑚実等と謀り、尼楚赫・伊哷羅索・棟摩等を将とし女直諸部の兵を集め、遼の障鷹官を擒え寧江州を攻める。東北路統軍司がこれを聞き奏したが、時に帝は慶州で射鹿しておりこれを聞いても意に介さなかった。海州刺史高仙寿を遣わし渤海軍を統べて応援させたが、蕭托卜嘉は女直に遇い寧江の東で敗れる。
- 冬十月: 壬寅、守司空蕭嗣先を東北路都統・静江軍節度使とし、蕭托卜嘉を副とし、契丹奚軍三千人、中京禁兵と土豪二千人、諸路から選んだ武勇二千余人を発する。虞候崔公義を都押官、控鶴指揮邢穎を副として軍を率いて出河店に屯するが、両軍が対峙する中、女直軍が密かに混同江を渡って遼軍を掩撃、蕭嗣先の軍は潰え、崔公義・邢穎・耶律仏哩・蕭噶克実等が死し、免れた者は十七人のみであった。蕭奉先はその弟嗣先が罪を得るのを恐れ、「東征の潰軍が至る所で刼掠しており、大赦しなければ聚まって患いとなる恐れがある」と奏し、帝はこれに従い、嗣先はただ免官されただけに終わった。諸軍は互いに「戦えば死あるのみで功はなく、退けば生あって罪もない」と語り合い、士に闘志がなく望風して奔潰した。
- 十一月: 壬辰、都統蕭廸里等が沃稜濼の東に営したが再び女直に襲われ士卒の死者が甚だ多く、甲午、蕭廸里も坐して官を免ぜられる。辛丑、西北路招討使耶律鄂爾多を行軍都統とし、副点検蕭伊実に南院枢密使事を同知させ、耶律章努を副とする。
- 十二月: 咸・賔・祥三州および鉄驪・烏舍がみな叛いて女直に入り、伊実が賔州を援けに赴き、南軍の諸将実喇塔喇等が咸州を援けに赴くが、いずれも女直に敗れる。