列女傳卷六 齊傷槐女

父が槐を傷つけ死罪となる

  • 傷槐の女は、傷槐衍の娘で、名を婧という。景公は愛でる槐の木があり、人に守らせ、木札を掛けて「槐を犯す者は刑、槐を傷つける者は死」と令を下した。婧の父・衍は酔って槐を傷つけてしまった。景公はこれを聞き、「これは先に私の令を犯したのだ」と言い、役人に捕らえさせ罪を加えようとした。

晏子への訴え

  • 婧は恐れ、宰相晏子の門を訪ね、「賤しい妾は思いを抑えきれず、お側にお仕えしたく参りました」と述べた。晏子は驚いて笑い、「私に色好みの気があるとでも思ったか、なぜ老いた身に女が近づくのか、何か訳があるに違いない」と応じた。入って対面すると、婧の顔に深い憂いがあるのを見て、晏子は事情を尋ねた。
  • 婧は「父の衍は幸いにも城郭の民として過ごしておりましたが、陰陽が調わず風雨が時に合わず五穀が実らないことを憂え、名山や神水に祈りを捧げました。酒の味に負けて先に君の令を犯し、酔ってこのようなことになりました。罪は死に当たりましょう。しかし私は、明君が国を治める際には、俸禄を減らさずに刑罰を加えることも、私憤で公の法を害することも、家畜のために民を傷つけることも、野草のために禾苗を傷つけることもないと聞いております」と述べた。
  • さらに宋の景公が三年の大旱に見舞われた際、卜官が人身御供を勧めたが、景公は「私が雨を求めるのは民のためだ。人身御供が必要ならば私自身を捧げよう」と堂を降りて跪拝したところ、たちまち千里四方に大雨が降った故事を挙げ、これは天に従い民を慈しんだ結果であると説いた。「今、君が槐を植え、犯す者を死罪とし、槐のために私の父を殺し、私を孤児にしようとなさっています。これでは執政の法を傷つけ明君の道義を害することになりましょう。近隣諸国はこれを聞けば、君が木を愛し人を賤しむと言うでしょう」と訴えた。

晏子の諫言と父の赦免

  • 晏子ははっとして悟り、翌日朝廷で景公に「民の財力を窮乏させることを暴といい、玩好を尊び威厳ある令を出すことを逆といい、刑罰を不当に行うことを賊といいます。この三つは国を保つ上での大きな災いです。今、君は民の財力を窮乏させ、飲食を美しくし、鐘鼓の楽を盛んにし、宮室の壮麗を極めており、これは暴の甚だしいものです。玩好を尊び威厳ある令を出すのは逆の明らかなものです。槐を犯す者を刑とし傷つける者を死とするのは、刑罰の不当の深いものです」と諫めた。景公は「謹んで命を受けよう」と答えた。
  • 晏子が退出すると、景公はただちに槐を守る役を廃し、木札を取り外し、槐を傷つけた者への法を廃止し、囚われていた者を釈放した。君子は「傷槐の女は言葉によって難を免れることができた」と評した。

史論

  • 『詩経』に「これを究め、これを図る、まことにその通りである」とあるが、まさにこのことである。
  • 頌に曰く、景公が槐を愛し、民が酔ってこれを折り傷つけた。景公が処罰しようとすると、その娘は嘆き恐れ、晏子のもとに走って先王の故事を説いた。晏子がこれを景公に伝え、ついに父の禍を免れさせた、という。