列女傳卷六 晉弓工妻

弓が射抜けず夫が処刑されかける

  • 弓工の妻は晋の繁の人の娘である。平公の時、その夫は弓を作るよう命じられ、三年かけて完成させた。平公が弓を引いて射ると、一枚の札さえ射抜けなかった。平公は怒り、弓を作った者を殺そうとした。弓人の妻は面会を求め、「私は繁の人の娘で、弓人の妻でございます。君に申し上げたいことがございます」と述べた。

妻の弁明――弓に注がれた労苦

  • 平公が会うと、妻は先例を挙げて説いた。公劉は羊牛が葦を踏み荒らすことにさえ民のために心を痛め、恩は草木にまで及んだのに、罪なき者を殺そうとするだろうか。秦の穆公は自分の駿馬の肉を盗み食った者にかえって酒を飲ませた。楚の荘王は自分の夫人の衣を引いた家臣の冠の紐を切らせ、共に酒宴を楽しんだ。この三人の君主は仁をもって天下に知られ、その報いを受け、名は今に伝わっている。堯帝は茅葺きの屋根を刈り揃えず、粗末な垂木を削らず、三段の土の階段で満足したが、それでも作る者は苦労し住む者は安楽だと考えたという。
  • 今、私の夫がこの弓を作るのにも大変な苦労があった。弓の幹は泰山の南麓に生え、一日に三度日陰にさらされ三度日向にさらされた木である。燕の牛の角を貼り、荊の麋の筋を巻き、河の魚の膠で貼り合わせた。これら四つはすべて天下から選び抜かれた最良のもので、それでも君が一枚の札さえ射抜けなかったのは、君の射る腕が至らないからです。それなのに私の夫を殺そうとするのは、あまりに理不尽ではありませんか。

射法を教え、夫を救う

  • さらに妻は「射の道は、左手は石を支えるように、右手は枝を添えるように構え、右手が矢を放っても左手はそれを意識しない、これが射の道です」と教えた。平公はこの言葉どおりに射ると、七枚の札を貫いた。繁の人の夫はただちに釈放され、金三鎰を賜った。君子は「弓工の妻は困難な場に共に処することができた」と評した。

史論

  • 『詩経』に「大弓はすでに堅く、矢はすでに整えて放たれた」とあるが、これは射に法があることを言うものである。
  • 頌に曰く、晋の平公が弓を作らせ、三年かけて完成した。公は弓工の腕に怒り、刑罰を加えようとしたが、妻が公のもとへ赴いて弓の材の由来を語り、夫の労苦を並べ立てたことで、公はついに罪を許した、という。