列女傳卷一 魯之母師

実家訪問の願い

  • 母師は魯の九人の子を持つ寡婦である。臘日の農作業を休む日、年の祀りの礼事が終わると、すべての子を呼び集めて「婦人の道理では、大きな事情がなければ夫の家を出ない。しかし私の実家は幼い者が多く、年ごとの礼が行き届かない。あなたたちの許しを得て実家を見に行きたい」と述べた。子たちはみな承知した。
  • さらに嫁たちを呼び、「婦人には三従の義があり、自ら決める行いはない。若いうちは父母に、成長すれば夫に、老いれば子に従う。今子たちは私が実家を見に行くことを許してくれたが、これは正礼を超えることなので、末の子を伴い、婦人の外出の作法を守りたい。あなたたちは家の戸締りを慎み、私は夕方には戻る」と告げた。

帰宅の遅れと大夫の疑い

  • 末の子に馬を引かせて実家に赴き、家事を取り仕切った。天候が悪く帰りが遅れ、里の門の外まで来て一旦立ち止まり、夕方になってから家に入った。魯の大夫が高台からこれを見て不審に思い、人を遣わして様子を探らせたところ、母師の家は礼節がよく行き届き、家事もよく整っていた。使者はその様子を報告した。
  • 大夫は母師を呼び、「先日、北方から帰る際、里の門で立ち止まり、しばらくしてから夕方に入られた。理由が分からず不審に思い、尋ねる次第です」と問うた。母師は「私は不幸にも早くに夫を失い、九人の子と共に暮らしてきました。臘日、祀りの礼事が終わった後、子たちの許しを得て実家を見に行きました。嫁や子供たちとは夕方に戻ると約束していましたが、彼らが酒宴で酔って羽目を外していないか案じられ、あまりに早く戻っては具合が悪いので、里の門の外で待ち、約束の時刻になってから入ったのです」と答えた。

表彰

  • 大夫はこれを立派だとして穆公に報告し、穆公は母師を称え「母師」の尊号を賜った。夫人に朝謁することを許され、夫人以下の女性たちはみな母師を師と仰いだ。君子は母師が自らの行いで人を教え導いたと評した。
  • 礼では、婦人が未婚のうちは父母を天とし、嫁げば夫を天とする。父母の喪に服す際は喪服の等級を一段下げるのは、天を二つ持たないという道理による。『詩経』に「済水のほとりに宿り、禰のほとりで送別の宴を催す。女子が嫁ぐときは、父母兄弟から遠く離れる」とあるのはこのことを言う。

史論

  • 頌に曰く、九人の子の母は、まことに礼の道理を知っていた。実家を訪ねてまた戻る際も、人情を無視することなく、徳行を備えていたのでついにその栄誉を受け、魯君もこれを賢者とし、尊い名を賜った、という。