列女傳卷一 契母簡狄

出自と受胎の異譚

  • 契の母簡狄は有娀氏の長女。堯の時代、妹たちと玄丘の水で沐浴していると、玄鳥(つばめ)が卵をくわえて飛来し、これを落とした。五色鮮やかなその卵を簡狄は妹たちと競って取り合い、簡狄が手に入れて口に含んだところ、誤って呑み込んでしまい、契を身ごもった。
  • 簡狄は人事の治めごとを好み、天文にも通じ、人に恵みを施すことを楽しんだ。契が成長すると、物事の順序・道理を教えた。契も生まれつき聡明で仁があり、母の教えをよく受け継ぎ、名を成した。

司徒への任官

  • 堯は契を司徒とし、亳の地に封じた。堯の崩御後、舜は即位すると「契よ、百姓が親しみ合わず、五つの人倫が乱れている。汝は司徒として、五教を寛容の心をもって広めよ」と命じた。
  • その子孫は代々亳に住み、殷の湯王に至って天子として興った。

史論

  • 君子は「簡狄は仁があり礼儀を備えていた」と評した。『詩経』に「有娀氏がまさに栄えようとするとき、子を立てて商を生んだ」「天は玄鳥に命じて、これを降して商を生ませた」とあるのはこのことを言う。
  • 頌に曰く、契の母簡狄は仁に篤く自ら奮い立ち、卵を呑んで子を産み、身を修めた。物事の道理を教え、恩を施して徳を推し進めた。契は帝の輔佐となったが、これは母の力によるものである、という。