列女傳卷一 啟母塗山
出自と禹の治水
- 啟の母は塗山氏の長女で、夏の禹が娶って妃とした。啟を産んで間もなく(辛壬癸甲の四日間の間に)、啟が生まれたばかりで泣いていたが、禹は治水のために家を去り、専ら治水事業に励み、三度自宅の前を通っても入らなかった。
- 塗山氏はひとりで啟の教育にあたり、その感化に努めた。
啟の成長と即位
- 啟が成長すると母の徳に感化されてその教えに従い、名を成した。禹が天子となり、啟が跡を継ぐと、禹の功業を損なうことなく受け継いだ。
史論
- 君子は「塗山氏は教育・訓育に力を尽くした」と評した。『詩経』に「あなたの士女を整え、子々孫々に及ぼす」とあるのはこのことを言う。
- 頌に曰く、啟の母塗山氏は帝禹の配偶であり、禹が治水に赴いて留守にする間、啟が生まれたばかりで泣いていたが、母ひとりで物事の順序を論じ教え、善をもって教訓し、ついに父の跡を継がせた、という。