- 要旨: 本篇は、辺境防備のための施設(空心敵台・烽堠)と、車営・馬営・歩営・輜重営という各兵科の営編成の設計思想を解説する。著者は、従来の防備・編成の欠陥を実例で示した上で、自らが創始・改良した制度の合理性を、具体的な定員・装備数量とともに論証する。
敵台解
- 従来の辺城は低く薄く、磚石造りの小台も城壁と離れて孤立し、互いに救援できなかった。軍士は雨雪に晒され、火器も運搬や貯蔵の場に窮し、敵が高所から攻めれば守卒は支えきれず、一箇所が破られると総崩れになった。著者はこれを改め、人馬の通り道を塞ぐ「空心敵台」(高さ三、四丈、周囲十二丈前後、要衝では数十歩から百歩ごと、緩やかな箇所では四、五十歩から二百余歩ごとに一台)を築き、台同士が助け合う配置とした。台は基部を城壁と同じ高さに築き、内外に張り出しを設け、中層を空洞にして四面に矢窓を開け、上層に楼櫓と垛口を設けることで、内から発砲でき、敵の矢は届かず騎馬も近づけない構造とする。各台には調度を統括する百総1名、器材・輜重を管理する台頭副2名、守備兵30〜50名を配する。以前は北方の在地兵に守らせていたが、月糧の乏しさから餓死・逃亡が絶えず台を離れる者が多かったため、南方から募った1万の兵を各台に常駐させ、家族のように台を守る体制に改めた結果、数年にわたり無事であったとする。5台ごとに把総1名、10台ごとに千総1名を配して段階的に統率する。各台には仏狼機・神快槍などの火器、火薬・弾丸、火箭、石炮・投石用の石、食糧・調理具などの装備を一式備える。
烽堠解
- 古来、辺境防備には遠く斥候を置き烽火を厳にすることが基本だが、薊鎮では地形の険しさに頼って久しく烽火制度が廃れていた。著者は、空心敵台のない場所には従来の墩を、空心敵台に近い場所には空心敵台そのものを墩として活用し、1〜2里ごとに互いの梆鼓(合図の音)が聞こえる間隔で墩を配置し直すことで、無駄な墩の兵を数千名削減できるとする。墩には5名の兵を配し、台に近い墩は台の百総が、遠い墩は当地の百総がそれぞれ統率する。各路に南方出身の伝烽委官を置き、敵の動きに応じて左右へ烽火を伝えれば、薊鎮の辺墻二十余里を三刻ほどで伝達できるとし、迅速な警戒・応援態勢を実現できると論じる。各墩台には居住用の小屋・炊事用具・大銃や白旗・提灯などの信号具、木梆や旗竿などの発火・伝達用具を備える。
車営解
- 従来、敵の騎馬数万が突撃してくると、陣形が整う前に突破され蹂躙される事態が続き、戦うも退くも敵の主導権下にあった。著者は総督譚綸・劉燾・楊兆、巡撫王ら、また自身が創始した車営制度を改良し、1営128輌の戦車(各輌に騾2頭、双輪長轅、両頭に開閉式の門を持つ偏廂式)を定数とした。1輌に軍士20名を配し、正兵隊(騾の世話2名、仏狼機2架を扱う6名、車正1名、舵工1名の計10名)と奇兵隊(隊長格の勇者、鳥銃兼長刀手4名、藤牌手2名、鏜鈀手2名、火兵1名の計10名)に分ける。車は部伍を統制し、営壁の代わりとなり、甲冑の代わりにもなる「足のある城」「秣を要さない馬」にたとえられるが、火器が使えなければ車も無力になるとも指摘する。編制は2車で1聯、4車で1局(百総)、16車で1司(把総)、64車で1部(千総)、左右2千総と中軍1名で1営とし、鼓車・火箭車・大将軍車・座車などの特殊車輌を別途配する。1営の総員はおよそ3,119名(将官・中軍・千総・把総・百総に加え、車正・舵工・狼機手・大棒手・鳥銃手・藤牌手・鏜鈀手・奇兵隊長・火兵・旗鼓等の要員を含む)。装備は仏狼機・子銃・鳥銃・火箭・大棍・銅鍋等を各車の役割に応じて大量に配備する。
馬営解
- 馬軍12名で1隊(隊総、鳥銃手2、快槍手2、鈀手2、槍棍手2、大棒手2、火兵1)とし、3隊37名で1旗(旗総含む)、3旗で1局(百総、計112名)、4局で1司(把総、計449名)、2司で1部(千総、計899名)、3部で1営(将官・中軍含め計2,699名)とする。中営全体では将官・中軍各1、千総3、把総6、神器把総1、百総24、旗総72、隊総216、兵勇2,160、火兵216、神器用の馬騾94頭で構成される。3千を超える場合は大営として局を増設し、旗鼓・斥候等の要員を加え総計2,988名とする。装備は虎蹲砲・鳥銃・快槍・弓矢・盔甲・腰刀・長刀・鏜鈀・槍棍・大棒・拒馬など、兵種ごとの得物と防具を大量に規定する。
歩営解
- 歩軍12名で1隊とし、火器手隊(隊長、鳥銃手10、火兵1)と殺手隊(隊長、円牌2、狼筅2、長槍2、鈀2、大棒2、それぞれ弓箭を兼帯)を組み合わせる。3隊37名で1旗、3旗で1局(百総、計112名)、鳥銃1局と殺手3局で1司(把総、計449名)、2司で1部(千総、鳥銃4局・殺手4局、計889名)、3千総で1営(将官・中軍含め計2,699名)とする。中営全体では将官・中軍各1、千総3、把総6、神器把総1、百総24、旗総72、隊総216、兵夫2,160(うち銃手1,080、殺手1,080)、火兵216で構成される。装備は鳥銃・長刀・藤牌・狼筅・長槍・弓矢・鏜鈀・火箭・大棒・銅鍋などを規定する。
輜重営解
- 従来、官軍には輜重の備えがなく、敵が急襲すると糧秣は倉や城内に留め置かれたまま支給が間に合わず、大軍数万が城門の開閉と点呼支給に一、二日を費やす間に敵は数百里先へ去ってしまい、官軍は空腹のまま追撃するほかなかったと問題点を述べる。これを改めて新設した輜重営は、1営80輌(各輌に騾8頭、偏廂式で遠目には城のように見える)を定数とし、1輌に軍士20名を配して正兵隊(騾を扱う8名、うち仏狼機を扱う6名、大棒手2名、車正1名、舵工1名の計10名)と奇兵隊(隊長、鳥銃兼長刀手4名、藤牌兼短刀手2名、鏜鈀手2名、火兵1名の計10名、専ら車の護衛に当たる)に分ける。各車には米・豆・煤炒(炒り米)を12石5斗積み、1営で1万の人馬の3日分を賄える計算とし、出陣の際は各自さらに2、3日分の乾糧を携帯させることで、行軍中も飢えず敵愾心を保てるとする。編制は将官・中軍各1、千総2、把総4(各20輌を管轄)、百総16(各5輌を管轄)に加え、元戎鼓車3輌の要員を中軍が兼管し、騾夫・車正・舵工・奇兵隊長・銃手・火兵等を合わせて総計1,660名、旗鼓・斥候等を加えて総計約1,914名とする。1営で米300石、煤炒300石、黒豆500石を輸送できる計算になる。装備は仏狼機・鳥銃・火薬・弾丸のほか、大棍・大鍋・木桶・餵騾用の柳筐・草鍘などを規定する。