- 要旨: 著者は、号令伝達の要は「耳は金鼓の音だけを聞き、目は旗幟の色だけを見る」ことに尽きるとし、誰が口頭で何を命じようと、財貨や良馬をちらつかせようと一切心を動かさず、定められた令旗・令箭・令票のいずれかを確認しない限り従ってはならないと説く。以下、鼓・笛・喇叭・哱啰・銅鑼・炮・旗の各信号の意味と、それに対する応答・伝達の作法を条文形式で列挙する。
金鼓と号令の大原則(第一 明旗鼓)
- 官兵は耳では金鼓の音のみに従い、目では旗幟の色のみに従う。誰の口頭の指示であっても、鼓声が鳴り続けている間は水火の中でも前進し、鳴金で止まれと言われれば財貨や良馬を目の前にしても振り返ってはならない。命令の真偽を確かめるには、令旗・令箭・令票のいずれかが必要で、主将自らが来ても、この三点のうち一つがなければ従ってはならない。
各種信号の意味
- 嗩吶(第二 明笛號): 号笛を吹き鳴らすのは、各官・旗頭目を招集し軍務を発令するためで、全員が揃うまで吹き続ける。
- 喇叭(第三 明喇叭): 大小将領の門前や教場・行営で吹く。一回目(頭号)は荷物整理と炊事の合図、半刻後の二回目は食事と出発準備・宿営地の確認、三回目は出発の合図。すでに整列済みの場での号令や操練では一号のみで足りる。長音(天鵝声)は喊声を上げる合図、隊列を組ませる合図、砲一発とともに旗を振る合図(車を含め方向転換)、隊列完了後の再度の吹奏は車・歩・騎の三兵が一列に並んで戦闘配置に入る合図である。
- 哱啰(第四 明哱啰): 一回目は起立、二回目は騎兵は騎乗、車兵は車に取り付き、歩兵は武器を持って整列する合図。
- 銅鑼(第五 明銅鑼): 一回目は騎兵の下馬・車兵の下車、二回目は全員着座休息・旗を伏せる合図。
- 羯鼓(第六 明羯鼓): 行営時の点鼓一打で約20歩前進、緊鼓一打で1歩前進とし、擂鼓(連打)は敵との接触・突撃の合図である。
- 黄旗(第七 明黄旗): 宿営完了後、砲を放ち黄旗を立てて擂鼓するのは、水汲み・薪取り・放牧のため兵を営外に出す合図。
- 摔鈸(第八 明摔鈸): 一回鳴らせば隊の収容、続けて大隊にまとめる場合は旗をすべて中軍に戻す。
- 炮号(第九 明炮號): 新たな号令を発するときは必ず炮を一発放ち、全員に注意を促してから旗や号頭で内容を示す。炮が鳴った後は、それ以前の号令はすべて停止し、新たな旗や号頭の変化に従う。炮の種類は次の通り。
- 升帳炮(三挙。鳴金・大吹打を伴う)
- 升旗炮(一挙。擂鼓・鳴鑼して升帳する)
- 静炮(発放後三挙。営中は静粛に令を待つ)
- 吶喊炮(一挙。喇叭が天鵝声を吹き喊声を上げ、三挙で止む)
- 開営炮(一挙。点鼓に従って営を開き行軍する)
- 分合炮(一営一挙。何営何路に分けるかにより挙数は定まらず、挙げ終えたら旗の色に従って数の通りに分ける。合営も同様)
- 閉営炮(一挙。大吹打とともに営門を閉じる)
- 定更炮(夜、擂鼓の後一挙。喇叭が天鵝声を吹く)
- 変令炮(進行中の号令を別の号令に変える際、遠方の者に伝わりにくいため、先に炮を鳴らして前の号令を止めさせ、新しい号令に注意を向けさせる)
- 釭号(第十 明釭號): 号笛・哱啰・喇叭・鼓・鈸などの音を止めるときは必ず鳴金一声を用いる。鳴金三声は退兵、鳴金二声は大吹打の合図。退兵して方営を布くときは鳴金辺を用いて五方旗を出し、営外に立表させる。営内の表は門・角を区別して出入りを分かりやすくするため、営外の表は営盤の境界を示すためで、敵が来れば挙げて遠近緩急に応じる。
指揮系統に沿った旗の伝達(第十一 明旗次・第十二 明旗應)
- 隊総は旗総の旗を、旗総は百総の旗を、百総は把総の号旗を、把総は千総の号旗を、千総は哨将の号旗を、哨将は主将の号旗を見て従う。主将の五方旗がすべて立てば全営が動き、一旗のみ立てばその方面の営のみが動き、他は平常のままとする。伏せる場合も同様の対応関係にある。
- 旗への応答は必ず一段階上位の者が先に応じ、下位者が先んじて応じることは禁じる(主将旗には哨将が先に応じ千総は先に応じない、以下同様)。旗総より下は口頭伝達・率先垂範によるが、これも旗鼓号令に準じ、違えれば軍法で処罰する。
旗の色と方位(第十三 明旗色)
- 黄旗は五行の土に属し中営・中軍を表す。五営では中営、一営では中軍、一千では中軍というように、単位が変わっても常に「中」を示す。紅旗は前(人の顔が向く方向)、藍旗は左(本人の左手側)、白旗は右(本人の右手側)、黒旗は後(本人の背後)を表す。東西南北では見分けにくい曠野でも、各人が自分の前後左右を基準に旗の色で方向を判断できるようにする趣旨である。
望旗による指揮(第十四 明望旗)
- 常操や出兵の際、主将が入場する前に望竿・縄索を準備しておき、升帳とともに白旗を掲げて中軍の号令を仰ぐ。哱啰で立ち、鑼で座り旗を収める。旗が前後左右いずれかに振られれば全軍がその方向へ進む。遠行の際は望竿を倒して運び、警報があれば再び立てる。敵が来る方向(左右前後、あるいは四方から)に応じて旗を振る作法、敵の遠近に応じた旗の高さの変化、敵が退いた場合の対応まで細かく定める。追撃が急を要し望竿車が使えない場合はこの条を適用しない。
操練当日の号令伝達手順(第十五 定發放)
- 操練前日に操牌を掲げて各営に予告し、当日は号令の順に従って炊事・整装・出場・升帳・升旗・発放という段取りを踏む。中軍官が号令文を読み上げ、「耳は金鼓を聞き、目は旌旗を視、手は撃刺に熟し、歩は進止に閑い、馬は馳逐を習い、策轡を謹んで戢め、車は分合に熟し、火器を厳飭し、万人一心、進む有りて退く無かれ」という趣旨を全軍に申し渡す。以下、車正・舵工・巡視旗それぞれへの個別の訓示(車正は号令の遅速に責任を持つこと、舵工は車の左右前後の動きを車正の命に従うこと、巡視旗は喧嘩・不整列・違令・妄殺などを取り締まる権限を持つこと)を述べる。哨将以下、上位者の号令を順に取り次いで末端の兵にまで伝える手順(千総は把総に、把総は百総に、百総は旗総・隊総に、隊総は各兵に伝え、それぞれ跪いて聞く)を定める。
号令が末端まで届いているかの確認(第十六 稽傳令)
- 発放の後、主将は無作為に一名を呼び出し、発せられた号令の内容を答えさせる。答えられなければ隊総、旗総、百総、把総、千総と順に上位者を呼んで確認し、どの段階で伝達が途絶えていたかを特定して、伝達を怠った者を処罰する。千総・把総は営将が処分し、百総以下抽問された者は過失一回として記録した上で、改めて発放の内容を説き聞かせ、確認結果を台に報告させる。