練兵實紀練膽氣第三

  • 要旨: 「練膽氣」は、兵の胆力・士気を養う条文集である。著者は、真の操練とは教場での射撃・格闘の技だけでなく、平時の心構えそのものにあるとし、賞罰の公正、号令の一貫性、上下の礼、連座による責任の明確化、兵士の待遇改善、日常生活の規律、逃亡・喧嘩・賭博などの禁令、装備・軍馬の管理に至るまで、兵の心を一つにするための具体的な規則を条文形式で示す。

訓練の本質と指揮官の心得

  • 真の操練とは何か(第一 辯真操): 教場での閲兵演習だけが操練ではない。金鼓・号令を理解し射撃・格闘の技を磨くのは教場でしかできないが、平時の宿舎でも「殺賊」を一心に思い、士気を養い、軍装を整え、法令を明らかにし、情で通じ心で結ぶことも操練にほかならないと説く。
  • 士卒の実情を把握する(第二 循士情): 主将は常に士卒の飢餓・疲労・強弱・勇怯・技量の実情を把握し、父母のように接することで和気を生み、心を一つにすべきだとする。百万の兵でも一人のように号令が通じるようになる。
  • 賞罰を公平にする(第三 公賞罰): 賞罰は軍の要である。賞すべき者は、たとえ将領と私怨があっても賞し、患難時には助ける。罰すべき者は、たとえ我が子・甥であっても法通りに処す。私情による報復は厳禁とする。
  • 号令の一貫性(第四 信口耳): 号令はあらかじめ定め、その場で覆して三軍を疑わせてはならない(「将に還令なし」)。緊急時で文書が間に合わない場合の伝達経路(主将→偏裨→中軍・千把総→百総→旗総→隊総→兵士)を定め、一字一句を増減せず、禍福の説を付け加えてはならないとする。伝達後は巡視旗が抜き打ちで兵に確認させる。
  • 号令の一元化(第五 一號令): 軍中の副将以上の者が勝手に号令や旌旗・軍号を改めることを禁じ、改変が必要な場合は必ず主将に申し出るべきだとする。
  • 機密の保持(第六 謹漏泄): 軍期の密約や敵情に関する文書は将領のみが知るべきで、漏洩して敵に付け込まれた場合は軍法で厳罰に処す。
  • 軍中の礼(第七 定軍禮): 中軍・千総が主将に会う際の跪礼・揖礼、千総と把総・隊総と旗総など各階級間の挨拶作法を細かく定め、「軍中は草を立てて標となす」の諺の通り、一度定めた礼は必ず守るべきだとする。

責任体制と連座

  • 越訴の禁止(第八 止驀越): 文書のやり取りは隊総→千把総→営将→鎮道→督撫→兵部という順序を必ず経るべきで、これを飛び越えて上級に直訴したり、京の要人と結んで他人を陥れたりする行為を厳しく戒める。
  • 連座の詳細規定(第九 詳責成): 号令違反や退却などの過失について、管理する人数に応じた連座の基準(5名につき1名、20名につき2名、60名につき6名、100名につき10名、300名につき20名、一部以上で50名、三部以上で150名、一万名で500名の違反者が出た場合に連座)を定める。ただし自ら申し出た者は連座を免れる。逃亡・盗賊等を報告しない場合は隊総と同隊が、器械の損壊は旗総が、武芸不熟練は百総が、号令不徹底は千把総がそれぞれ重い責を負う。
  • 上下の名分(第十 正名法): 兵士と旗総・隊総が同宿する場合の立ち居振る舞い、諫言の手順(三度諫めて聞かれなければ百総に報告)、旗総・隊総による処罰の作法(令書を示し、初回は大目に見て二度目に処罰、最大五棒)などを定める。
  • 相互監視(第十一 連覺察): 同隊・同宿の者は互いの不正を監視し、三度勧めても改まらなければ上位者に報告する。報告先は兵士→隊総、隊総→旗総、旗総→百総という順で、改まらなければ営将、さらに主将へと上げ、最終的に軍法で処す。

兵士の待遇

  • 士情の上達(第十二 達士情): 兵士の公私の訴えは、まず旗総・隊総に、それでも解決しなければ千把百総に直接訴えられるようにし、昼夜を問わず取り次ぐべきだとする。
  • 糧秣の不正の告発(第十三 清減): 糧秣を横領する管理官は、部下からの告発を認め、これを上に逆らう罪には問わない。
  • 軍餉の分配(第十四 分軍餉): 月糧・賞賜の額を事前に告知し、委官による秤量・封印を経て、教場で点呼のうえ本人に手渡すという手続きを定め、不正な着服を防ぐ。
  • 労役の軽減(第十五 蘇勞役): 教練以外の不要不急の労役で兵士を疲れさせてはならず、一人を使うにも自分自身を労わるように扱うべきだとする。
  • 濫用の禁止(第十六 戢濫差): 「士」と呼ばれる兵を轎かき・雑役に使う悪弊を批判し、迎送などの私用には専用の雑流を充て、編成済みの戦兵を私的に使役することを禁じる。差し票の管理簿を設け、票と帳簿の不一致は将領の私用・売り放しの証拠として厳罰とする。
  • 火兵の奨励(第十七 勵火兵): 火兵(炊事係)でも武芸に励めば戦兵に昇格でき、逆に戦兵で怠惰な者は火兵に降格する。四半期ごとに考査する。
  • 病傷の手当(第十八 恤病傷): 病気の兵士は隊総→旗総→百総という順で速やかに主将まで報告し、医師の診察を受けさせる。報告が遅れて死亡した場合は遅延した者の責任を問う。
  • 見舞いの頻度(第十九 視病期): 隊総は常時、旗総は一日一回、百総は三日に一回、把総は五日に一回、千総は十日に一回、営将は半月に一回、それぞれ病人を見舞い、主将は重病人のみを見舞うと定める。

日常の規律と精神教育

  • 平時の過ごし方(第二十 戒居常): 夜は早く休み、寝床で歌ったり望郷の念を煽ったりしてはならない。馬の世話は輪番で行い、朝は身支度の後に号令の内容を識字者に読み聞かせ、昼は職務、夕方は弓馬・甲冑の稽古に充てる。五日に一度、武器の手入れを行う。
  • 号令に従う理由(第二十一 遵節制): 宋の岳飛の軍が「山を撼かすは易く、岳家軍を撼かすは難し」と称えられた故事を引き、万人が一心となれば百斤の力が万倍になるとし、木石を大勢で運ぶ際の縄や担ぎ棒のように、賞罰・号令・連座の制度が万人の力を一つにまとめる仕組みだと説く。号令に従って死ねば恩恤・立廟の栄誉があるが、軍法に背いて死ねば何もないとし、逃げれば結局は追われて死ぬのだから、むしろ進んで戦い敵を討って死ぬ方が良いと諭す。
  • 恩顧を思う(第二十二 思豢養): 農民が納めた税で養われている兵士に対し、戦って初めてその恩に報いることになると説く。
  • 功過の記録(第二十三 稽功過): 各営・各千総に功過簿を備え、百旗隊総と兵の功過は隊総・旗総から百総・把総を経て記録し、百把千総以上と中軍・家丁・夜不収・雑流の功過は営将が記録して四半期ごとに賞罰する。
  • 初犯の扱い(第二十四 體初犯): 謀反・殺人・姦盗・詐欺・賭博など重大な軍紀違反は初犯から軍法で処すが、それ以外の軽微な過失や新令違反は初犯を免じ、二犯で記録、三犯で処罰する。
  • 自省を促す(第二十五 省己過): 兵士が略奪・放火・殺人などをすれば百姓に嫌われ官府にも見放されると説き、行軍時は号令通りに整然と行動すべきだとする。
  • 争いを堪え忍ぶ(第二十六 勸涵忍): 民との争いはまず避け、上司に訴えて解決させる。理があっても軍士側にまず処罰を加えた上で改めて曲直を判断するとする。

逃亡・訴訟・紀律違反への対処

  • 逃亡・死亡の報告(第二十七 程逃故): 逃亡・死亡は当日中に隊総から千総まで順次報告し、遺留品・所持金は遺族に引き渡す。着服は軍法で処す。
  • 補充の期限(第二十八 補軍限): 欠員の補充は毎月1日・15日の二回に限る。
  • 拘束の手続き(第二十九 擬捕拘): 犯罪に関わった軍士の拘束は、営将を経て中軍官が合議の上、主将の裁定を仰ぐべきで、一営が勝手に処断してはならない。
  • 官司による召喚(第三十 明勾攝): 軍衛有司が官軍を召喚する際は主将に伺いを立てるべきで、無断で連行された場合は関係者を処罰する。強引な連行には主将への急報で対抗する。
  • 軍紀の申し渡し(第三十一 申軍紀): 弱い者いじめ・酗酒・暴言・作物荒らし・家屋損壊は程度に応じて処罰し、姦淫・盗みは軍法で衆に示す。同隊の者が自首すれば免罪、隠せば連座とする。
  • 逃亡防止の連帯保証(第三十二 立逃約): 募兵時に保証人を取り、逃亡者が出た場合は同隊が連座し、保証人にも段階的な処分(1年未発見で哨に配置替え、3年で本伍の兵を重く処罰)を科す。
  • 替え玉の摘発(第三十三 究冒頂): 替え玉による点呼参加は本人・替え玉ともに軍法で処し、雇った者を代わりに兵とする。
  • 喧嘩の禁止(第三十四 禁爭毆): 上下間・管轄外の者との喧嘩は理非にかかわらずまず双方を処罰し、直属の上官への暴行は父母への暴行と同様に重く処す。
  • 私語の禁止(第三十五 禁喧嘩): 行動時の私語を厳禁し、特に夜間は厳しく取り締まる。
  • 窃盗の禁止(第三十六 禁竊盜): 同僚間の窃盗は金額の多寡を問わず軍法で処す。
  • 賭博の禁止(第三十七 禁博奕): 武芸のための遊戯や条文を歌に替えて習うことは奨励するが、それ以外の賭博は禁じる。
  • 妖言の禁止(第三十八 禁妖妄): 陰陽卜筮・鬼神・災異吉凶を語って人心を動揺させる者は重罰、実害が生じれば軍法で処す。
  • 不和の禁止(第三十九 禁乖異): 将領・哨隊長の不和・嫉妬による支障は軍法で処し、軍議は公平かつ迅速に決すべきだとする。
  • 道での礼(第四十 嚴途令): 道で文武の官に会えば下馬して道を譲るが、営中で号令に従っている最中は道を譲らず号令を優先する。

装備・軍馬の管理

  • 器械の記名(第四十一 書器械): 弓矢に至るまで隊列の名を記し、紛失時の照合や褒賞の便に供する。官給の器具は記名不要とする。
  • 馬具の点検(第四十二 整騎什): 鞍轡等は営将・千総・把総がそれぞれ毎月点検し、旗総・隊総は三操ごとに点検する。将官自身がまず自分の馬を点検して手本を示すべきだとする。
  • 軍馬の飼育管理(第四十三 養戰馬): 馬の飢餓・疲労・寒暑への対応、季節ごとの繋留場所、膘(肉付き)による九等級の格付け(上上〜下下)とその記録・賞罰への反映、夏秋の放牧と冬春の夜草の管理、無理な酷使の禁止、私用での荷駄・貸し乗りの禁止、皮革の無断利用の禁止などを細かく規定する。特に膘分の等級づけを旧来の五等から九等に精緻化し、賞罰の基準を明確にした点を強調する。