南史卷五十五 列傳第四十五 張惠紹

張惠紹

  • 張惠紹は字を德繼といい、義陽の人。若くして武幹あり、齊で竟陵横桑戍主。母の喪で帰郷し、梁武帝挙兵を聞いて自ら帰順、戦功を重ねた。武帝即位後、石陽縣侯・驍騎将軍・直閤左細仗主。東昏残党数百人が神虎門を焼き衞尉張弘策を殺害した際、惠紹は率先して馳せつけ賊を散らせた。
  • 太子右衞率に遷り軍功で累増、衞尉卿・左衞将軍・司州刺史・安陸太守として州を和治し吏人に慕われた。召還後は左衞将軍・通直散騎常侍として殿中を護衛し卒し、諡は忠。子の張登が嗣ぎ、戦功を重ね湛僧智・胡紹世・魚弘と共に当代の驍将とされ、衞尉卿・太子左衞率を歴任し官にて卒し、諡は愍。