南史卷五十一 列傳第四十一梁宗室上 永陽昭王敷
経歴
- 敷、字は仲達。文帝の次子。若くして学業をもって知られ、斉に仕え随郡内史となり遠近の士庶を招き懐柔し、前後の統治で敷に及ぶ者はいなかった。帝が徐孝嗣に「学士は昔から吏務に疎いと言われるが、蕭随郡(敷)はただ酒を置いて清談するのみで道に落し物を拾う者がないほど道理が行き渡っていると聞くが、これはどのような教化なのか」と問うと、孝嗣は「昔から文徳をもって遠人を懐柔すると言いますが、況して郡境の中に限られたことです」と答え、帝は称賛した。廬陵王諮議参軍に召された後に卒し、武帝が即位すると司空を贈り永陽郡王に封じ、昭と諡された。天監二年(503年)子の伯游が嗣いだ。伯游、字は士仁は会稽太守として薨去し、恭と諡された。