南史卷五十一 列傳第四十一梁宗室上 衡陽宣王暢

経歴

  • 暢は文帝の四子。美しい名声を得て斉に仕え太常となり、江陵県侯に封じられ卒した。天監元年(502年)開府儀同三司を追贈され衡陽郡王に封じられ宣と諡された。三年(504年)子の元簡が郢州刺史となったが官にて卒し、孝と諡された。葬儀で柩を引く際に不吉な音がしたため、議者は開けて確かめようとしたが、王妃柳氏は「晋の文公の先例があるが、開棺は益がなく亡き者の生前を再確認しても生者の痛みを増すだけだ」として制止した。末子の獻が嗣いだ。