南史卷二十八 列傳第十八 褚澄

褚澄(彦回の弟)

  • 字は彦道、湛之が始安公主薨去後に側室郭氏を納れ彦回を得、後に呉郡主を娶り澄を得た。彦回が主に孝謹に仕え主に愛され、湛之没後、主は彦回を嫡子とするよう表した。宋文帝の女廬江公主に配され駙馬都尉、医術に優れた。建元中(479〜482年)呉郡太守のとき、公事で訪れた李道念に重病を見抜き、五年来の冷症と称していたが澄は「白瀹(にんにく)雞子の食べ過ぎ」と診断、蘇一升を煎じさせると異物を吐き出し、開けると羽翼を備えた雛鶏の形をしていた。さらに薬を続けさせると同様の雛十三頭を吐き出し病が全治、当時奇術として称された。豫章王の病を高帝の命で治し即座に快癒させた。左戸尚書、彦回薨去後、招提寺に一万一千銭を納め高帝下賜の白貂の褥を贖い裘や被に仕立て直し、彦回の犀導や乗牛も贖った。永明元年(483年)御史中丞袁彖の弾劾で免官も禁錮を赦され、侍中・右軍将軍。娘は東昏侯の皇后。永元元年(499年)没、金紫光禄大夫を追贈。