南史卷二十八 列傳第十八 褚湛之

褚湛之

  • 字は休玄、秀之の子。宋武帝の第七女始安哀公主に配され駙馬都尉・著作佐郎、公主薨去後に第五女呉郡宣公主に再配された。多くの尚主者は門地によるだけで才がなかったが、湛之は謹実にして才幹があり文帝に重んじられた。太子中庶子・司徒左長史・侍中・左衛将軍・左戸尚書・丹陽尹を歴任。元凶劭が弑逆した際、吏部尚書に用いられ、丹陽尹・石頭戍事に再任。孝武帝が劭を討った際、湛之は水師を率いて呼応、二子の彦回・澄を伴い南奔、彦回に初めて生まれた男子は劭に殺された。
  • 孝武帝即位後、尚書右僕射、孝建元年(454年)中書令・丹陽尹、のち尚書左僕射、南奔の功で都郷侯を賜った。大明四年(460年)卒、諡敬侯。子は彦回。