南齊書卷五十五 列傳第三十六 封延伯

多世代同居の孝行

  • 字は仲璉、渤海の人。学行があり世人と交わらず寡嫂に謹んで仕えた。州の主簿・秀才の挙にも応ぜず、後に垣崇祖が豫州刺史となった際、太祖に啓されて長史(梁郡太守を帯びる)となったが病で自ら免じ東海に僑居し、京師には至らなかった。三世同財で北州に敬われた。豫章王の中兵の辟にも応ぜず建元三年(481年)に卒した。
  • 同年の大使巡行では、義興の陳玄子(4世170口同居)、武陵郡の邵栄興・文獻叔(8世同居)、東海の徐生之・武陵の范安祖・李聖伯・范道根(5世同居)、零陵の譚弘寳・衡陽の何弘・華陽の陽黒頭(疎従4世同居)がいずれも門閭を旌表され租税を免じられた。蜀郡の王續祖・華陽の郝道福も累世同炊で、建武三年(496年)明帝が門閭を表し調役を免じた。