南齊書卷五十五 列傳第三十六 吳逹之

吳逹之

  • 義興の人。嫂の葬儀費用のため自らを10年の奉公人として売った。従祖弟の敬伯夫妻が飢饉で江北に売られた際、自らの田10畝を売って贖い、同財共宅とした。郡の主簿の命も兄に譲り、族弟への田の相続も辞退し閑職を通した。建元三年(481年)旌表。
  • 河南の辛普明(会稽僑居)は兄と一つの帳で暮らし、兄の死後もその帳を霊座に施し、夏の蚊にも耐えて露寝した。葬儀の際に隣人から贈られた財を後に全て返還し「兄の墓が整うまでのことで、亡き後の財を私財とするに忍びない」と述べた。母の喪でも痩せ衰え、揚州刺史豫章王の義曹従事の辟に応じ50歳で卒した。
  • 何伯璵・幼璵兄弟は甥を養育し婚姻・家業を全て譲り、貧に耐えて人を教え「人師」と呼ばれた。伯璵は永明十一年(493年)、幼璵は仏法に帰依し梁初に卒し、共に80余歳であった。