南北史演義第098回 麻叔謀の罪が発覚し金刀を受け、李玄邃が謀を成し帥府を建てる (麻叔謀罪發受金刀 李玄邃謀成建帥府)
狄去邪の異界体験
- 徐偃王墓の奇譚に続き、麻叔謀の部下狄去邪が古墓の穴に入り、冥府の神が大鼠(煬帝の化身)を叱責する光景を目撃する。神は煬帝の寿命は本紀(十二年)尽きていないため、まだ処罰できないと告げる。
- 神は狄去邪に麻叔謀への伝言を託し、翌年金刀二本を贈ると告げる。狄去邪は仙境から戻った後、官を辞して隠遁し、無病のまま没した。
麻叔謀の悪行
- 麻叔謀は病の療治として羊の羔を蒸して食すうち、富豪陶榔児が嬰児を割いて供したものを気に入り、以後多くの嬰児を密かに奪って食すようになった。彈劾の上書は中門使段達の収賄でもみ消された。
- 雎陽の宋襄公・大司馬華元の霊が夢に現れ、地脈を掘らぬよう求め、脅されて叔謀は承諾し、金三千両を得る。
- 彭城では徐偃王の墓から歴代帝王の受命の玉璽を得るが、これは後の禍の伏線となる。
麻叔謀の失脚と処刑
- 令狐達の再度の弾劾により、麻叔謀の私財から国宝の玉璽と留侯廟から失われた白璧が発見される。煬帝は激怒し、麻叔謀と陶榔児を尋問。陶榔児は杖刑で死に、麻叔謀は開河の功に免じて子孫は赦されたが、本人は腰斬に処された。処刑後、民衆は死体に石を投げて快哉を叫んだ。
隋への反乱の拡大
- 宇文述が道中で病没。子の化及・智及は父の旧功で寛大に扱われ、後に登用される。
- 李密は各地を転々とした後、瓦崗寨の翟譲のもとに身を寄せ、単雄信・徐世勣らと結ぶ。李密は翟譲に劉邦・項羽の故事を説いて挙兵を促し、桃李の讖謡も李密待望論を後押しした。
- 翟譲は李密の計により張須陀を計略で討ち取り、以後洛口倉を襲って民に米を開放、勢力を急拡大させる。李密は魏公と号し、行軍元帥府を開いて瓦崗軍を統率、祖君彦に煬帝の十罪を数える檄文を書かせて各地に布告した。
評語
麻叔謀の腰斬の一件も韓湝『開河記』に見え、正史には詳しく記されないが、文献に典拠がある以上、まったくの虚構とは言えない。瓦崗寨は翟譲に始まり李密がこれに乗じたもので、李密が魏公を号したのは洛口城においてであり瓦崗寨内ではない。秦叔宝・羅士信・程咬金らの帰順も魏公と号した後のことであり、瓦崗寨で翟譲とともに起った者は単雄信・徐世勣の二人にすぎない。『隋唐演義』はこの点を混同して瓦崗寨を一大根拠地のように描くが、正史・雑史のいずれにもその根拠はなく、本編では根拠の確かなもののみを採用している。