南北史演義第097回 御苑で花を賞し巧みに古劇を演じ、隋堤に柳を種え快く南遊する (御苑賞花巧演古劇 隋堤種柳快意南游)
侯夫人の弔いと許廷輔の処刑
- 煬帝は侯夫人の遺骸を前に悔恨を語った後、彼女を選から漏らした宦官許廷輔を捕らえさせ、収賄の事実が判明すると賜死とした。
- 自ら祭文を作って侯夫人を弔い、夫人の礼で厚く葬らせ、その父母にも恩恵を与えた。
- 心の癒えぬ煬帝に蕭皇后は江都への南巡を勧め、煬帝も江東への未練を語り、龍舟の新造を命じた。
群盗の蜂起と迷楼での放蕩
- 李子通・杜伏威・朱粲・左才相ら各地の群盗が勢力を広げるが、煬帝は迷楼に籠って世事に関心を示さなかった。
- 大業十二年、朝賀に来ない郡が二十余に上り、初めて盗賊の跋扈を知る。西苑での水上劇や螢狩りの遊興も描かれる。
太原の危機と蘇威の失脚
- 魏刀児の部将甄翟児が太原を脅かし、李淵が討伐に向かう。蘇威は盗賊の増加の実情と、東征をやめるべきことを直言するが、煬帝の逆鱗に触れ、讒言も重なって官を奪われ除名、さらに突厥通謀の疑いで一族除名の処分を受ける。
江都への南巡
- 新造の龍舟が完成し、煬帝は反対する趙才・任宗・崔民象・王愛仁らを処罰または処刑して南巡を強行。西苑令馬守忠との別れの場面が語られる。
- 船上で民の怨みを歌う声を聞くが捕らえられず、隋堤に柳を植えさせ「楊柳」と名付けるなど、表面的な善政を装う。
- 江都通守王世充が献じた美女らを牽船役(殿脚女)とし、その中から見出した呉絳仙を寵愛する。
麻叔謀の淤浅事件
- 龍舟が寧陵付近で座礁し、開河の総管麻叔謀の監督不行き届きが疑われる。木鵝による調査で百二十九か所の浅瀬が見つかり、煬帝は激怒して工夫五万余人を生き埋めにさせた。
- 麻叔謀は雎陽の掘削を渋り、宇文述の進言と絡めて疑われ投獄される。
評語
『資治通鑑綱目』が大業十二年三月の西苑での宴を特に大書したのは、これが東都における煬帝の淫楽の終幕であったからである。この後まもなく西苑は火災に遭い、天の戒めとも言えるが、煬帝はなお悟らず南巡を強行し、蘇威を除名し諫官を殺すなど暗君ぶりを極めた。隋堤に柳を植えさせたのも一見善政のようだが実は無用の出費に過ぎない。寧陵での座礁の際に五万もの人夫を無実の罪で生き埋めにしたことからも、民を思う心のないことは明らかである。麻叔謀の一件は正史に見えないが、韓湝『開河記』に詳しく記されており、前回の迷楼の話と同様、根拠のない作り話ではないと考えられる。