明史演義第九十六回 襄陽を失い庸帥自裁す/河南に走り逆闖復た熾んなり (失襄陽庸帥自裁  走河南逆闖復熾)

張献忠の再叛と熊文燦の失脚

  • 献忠・汝才の降伏で一時静まったかに見えたが、穀城知県阮之鈿の警告を無視した熊文燦のもとで献忠は再挙兵、之鈿を殺し穀城を破壊。羅汝才も呼応し房県知県郝景春らを殺害した。左良玉は羅㬋山で伏撃され大敗。楊嗣昌が自ら督師を願い出て文燦は逮捕・処刑された。

瑪瑙山の戦いと献忠の敗走

  • 嗣昌は左良玉を平賊将軍に抜擢。良玉は瑪瑙山で献忠を大破し、賊将十六人を討ち取ったが、献忠自身は数百の残兵と共に興帰山中へ逃れた。羅汝才も秦良玉に撃退され大寧に退いた。

左良玉・賀人龍の逗留と献忠の再起

  • 嗣昌の指揮の乱れから左良玉・賀人龍は互いに不満を抱いて追撃を怠り、献忠は説客を送って良玉の観望を誘う。献忠は勢力を立て直し大昌・開県を攻めた。

嗣昌の重慶進駐と襄陽陥落

  • 嗣昌は自ら重慶に赴くが左・賀両軍を統制できず、督師を嘲る貼り紙まで現れる有様。総兵猛如虎の軍は献忠の挟撃で壊滅。献忠は嗣昌の使者を殺して兵符を奪い、偽装した騎兵で襄陽城に潜入させ、内応により襄陽を陥落させた。知府王承曾は逃走し、副使張克儉・推官酈曰広・遊撃黎民安らは巷戦で戦死。襄王朱翊銘は捕らえられ、嗣昌への当てつけとして殺害された。嗣昌は福王殺害の報にも接し、悔恨のあまり絶食して死んだ。

李自成の再起と河南侵入

  • 一時窮地に陥った自成は函谷関を包囲されるが、嗣昌の緩慢な指揮の隙をついて武関から脱出。腹心劉宗敏は自成の覇業への迷いを断つため自ら妻を殺し、賊党にも妻子を捨てて従うよう促した。自成は身軽になって河南に入り、飢饉に乗じて数万の兵を集めた。

李巌・牛金星・宋献策の参画

  • 挙人李信(後の李巌)は紅娘子との縁から自成に投じ、牛金星・宋献策も次々に参謀として加わる。李巌の献策で自成は小さな仁義を示して民心を得、「迎闖王、不納糧」の歌謡を広め民衆の支持を集めた。

福王の惨殺と洛陽陥落

  • 自成は洛陽を攻め、内応もあって陥落。福王常洵は捕らえられ、諫言した呂維祺も殺され、福王は「福禄酒」として賊に饗される凄惨な最期を遂げた。開封は周王恭枵の私財による防戦と李仙鳳の援軍でかろうじて守られた。

傅宗龍の戦死

  • 羅汝才は献忠と離れて自成に合流し勢力を拡大。陝西総督傅宗龍・保定総督楊文岳は出師するが賊軍に襲われ潰走、宗龍は孤軍で奮戦の末捕らえられ惨殺された。

評語

  • 傅宗龍の忠死を、唐の顔杲卿・宋の洪皓に比し、戦場の忠標として仰がれるべきと詩に詠んでいる。