明史演義第六十四回 外寇を却けて奸党功を冒す/乾娘に媚び義児寵を邀う (卻外寇奸黨冒功 媚乾娘義兒邀寵)
楊継盛の妻の上訴
- 楊継盛の妻張氏は、夫に代わって死罪を受けたいと上疏する。夫が獄中で受けた杖罪の苦しみ(腐った肉を自ら爪で剥ぎ取り、割れた茶碗の破片で股の筋を断ち切った顛末)を訴え、命乞いをする。
- しかし嚴嵩がこの上疏を握りつぶし、楊継盛は張経の一件に連座する形で処刑されてしまう。
倭寇の跳梁と地方官の更迭
- 明初以来、日本との朝貢関係により沿海は比較的平穏だったが、世宗代に入り宋素卿の一件を機に、汪直(汪五峰)・徐碧溪・毛海峰・彭老生ら中国人首魁が倭寇と結託して沿海を荒らすようになる。
- 朱紈が巡撫となり厳しく取り締まるが、かえって讒言を受けて失脚し自殺。以後しばらく巡撫の職は空席となる。
- 汪直が海賊の巨魁として台頭。王忬が巡撫に任じられ、俞大猷・湯克寛を用いて舟山の汪直の砦を撃破するも、汪直は蘇州・松江方面に転戦し猛威を振るう。賊将蕭顕は盧鏜に討たれるが、汪直は江北にまで侵入し被害が拡大。
- 王忬は責任を問われ大同に転じ、李天寵が後任となるが抑えきれない。
張経の総督就任と趙文華の妨害
- 南京兵部尚書張経が総督として起用され、狼土兵の徴発を図るが、命令の出し方が現地の諸将の反発を招き、統率が乱れる。
- 工部侍郎趙文華が海神祭祀の名目で南下し軍情を視察。張経と反りが合わず、胡宗憲が趙文華に取り入って対立を煽る。
- 張経はようやく狼土兵を集結させ、王江涇の戦いで倭寇に大勝するが、趙文華は先に張経を「養寇失機」と讒言しており、後から届いた自身の捷報と食い違いが生じる。世宗は疑心を抱き、結局張経・李天寵・湯克寛・楊継盛ら九名が処刑される。
曹邦輔の戦功と趙文華の讒言
- 後任の楊宜も狼土兵を統率できず、倭寇は江南深くまで侵入するが、曹邦輔・董邦政が楊家橋で殲滅する大功を挙げる。趙文華はこの功を横取りしようとするが間に合わず、代わりに自ら出兵した磚橋の戦いでは敗退する。
- 趙文華は敗因を曹邦輔らに押し付けるが、給事中孫濬・夏栻らが弁護し、世宗も文華を戒める。文華は帰京の口実を得て、胡宗憲を後任の総督に推挙する。
李黙の失脚
- 世宗は趙文華の言に疑いを持ち始めるが、嚴嵩が取りなして庇う。趙文華は吏部尚書李黙の出題した試題を曲解し、朝廷誹謗の罪で弾劾、李黙は獄死する。
趙文華の媚態と昇進
- 趙文華は嚴嵩・世蕃父子に高価な貢物を贈り、さらに嚴嵩の妻歐陽氏には自ら「義母」と呼びかけて取り入る。歐陽氏の口添えにより嚴嵩は文華の昇進を約束する。
- 折しも李黙失脚の功もあり、趙文華は工部尚書・太子少保に昇進。さらに嚴嵩の入れ知恵で、既に任命されていた沈良才に代わり、再び江南視察の任を得る。
評語
黜陟の権が奸臣の手に握られ、卑劣な者がかえって栄達を得る世を嘆く詩が引かれる。媚びへつらう者は、もはや忠義の武人ではあり得ないと風刺する。