明史卷二百七 列傳第九十五 郭𢎞化

彗星に応じて土木と採珠の停止を請う

  • 郭𢎞化は字を子弼といい、安福の人。嘉靖二年(1523年)の進士で、江陵知縣を経て、召されて御史に任じられた。
  • 嘉靖十一年(1532年)冬、彗星が現れると、𢎞化は上言した。天文志によれば井宿は東方に位置し、その宿は木にあたる、今、彗が井に出たのは土木の工事が盛んに興っていることによる、と述べた。
  • そのうえで、四川・湖廣・貴州・江西・浙江・山西および真定諸府で木を採る者たちは万状の労苦を負い、應天・蘇州・松江・常州・鎮江の五府では今まさに甎を焼く役があって民間の出費は測り知れず、窰戸は半ば以上が逃亡している、廣東では真珠採取のために民を追い詰めて盗賊に走らせ、ついには省城を攻め掠めるに至った、これらはみな天の和を損ない星の変を招くものだ、すべて停止すれば彗は消え太子の星が輝こう、と述べた。
  • 戸部尚書の許讚らが𢎞化の言を聴き入れるよう請うと、帝は怒って「採珠は先例のあることだ。朕に嗣がないのはそのせいだというのか」と言い、讚らを付和雷同したと責め、𢎞化を黜けて庶民とした。
  • 長くして言官が連名で推薦したが取り上げられず、家で没した。穆宗が立つと光禄少卿を贈られた。